日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/04/19(月)
SS・ミスフルパラレル]天国の涯【ヘヴンズエンド】3



【階段の絵、薄暗い廊下】





 天国が開けたドアは、丁度カフェの入り口となるドアの真正面に位置していた。
 カフェ入り口よりも一回りほど小さく、厚さも薄い。
 カウンターの内側にもドアが一つあるが、そこには「PRIVATE」の札がかけられていた。


 きい、と微かに音を立ててドアが開けられる。
 天国の涯【ヘヴンズエンド】は名目上ホテルということになっているが、共同住宅という概念の方が近い。
 ざっとだが説明された機能と、読まされた規約からなんとなくそう判断していた御柳だったのだが。
 いざ足を踏み入れた天国の涯で、自分の考えがそう間違っていなかったことを悟った。


 ドアを開けて通された空間は、1階から2階への吹き抜けになっている。
 が、照明が少ないせいかやけに薄暗い。
 ドアを開けて左手に階段がある。
 その階段はホテルらしく横幅が広く一段一段が低めになっていた。
 が、いかんせんあまり綺麗とは言い難い。
 汚くもないが、清潔感溢れているかと言えばそれには無理がある。

 しかしながら利用料金を考えるとこの辺が妥当なんだろう。
 いや、料金から考えれば大分マトモだと言っても差し支えないとも言えた。
 流し読みしただけの規約によれば、朝と夜は食事が用意されるようだし、他にも一応サービスらしきことをしているらしかった。
 御柳としては雨露が凌げて、寝られさえすればどうだろうと同じなのだけれど。
 それでも、オプションがついていて邪魔なことはないから。


 天国がすたすたと階段に向かうのを追って、御柳も階段に足をかけた。
 その最初の一歩でぎしり、と軋んだ音が鳴ったのにはさすがに苦笑が洩れてしまったが。

 階段は途中に踊り場が一つあり、そこで壁に沿うように直角に折れている。
 踊り場の横の壁には、絵が飾られていた。
 絵には別段興味がない御柳だが、その絵と額が微妙に合わないことに気付く。
 額の古めかしさと、絵の新しさが符号しないのだ。
 絵だけを入れ換えでもしたのだろう、とそれとなく思った。

 描かれている絵そのものはなんてことはない風景画だった。
 この街のどこかを描いたものなのか、それとも全く別のものなのか。
 小高い丘の上から見下ろした街並、そんな絵だった。
 どことなく淋しいような、それでいて優しいような。
 悪くはねーか、こういうんも。
 御柳は誰にともなく内心で呟いていた。


 上がった2階は、案の定というかやはり薄暗かった。
 お世辞にも広いとは言えない廊下を、御柳は探るように見回す。

 階段を上りきってすぐの場所に、ドアがある。
 そこには【1】のプレートが下げられていた。
 1号室の右隣り、少し間をあけて同じような作りのドアがある。
 そのドアには【2】のプレート。
 カフェで2号室だと説明されたので、そこが自分の部屋なのだとすぐに気付く。

 と、そんな御柳の視線を遮るように天国が手を伸ばした。
 天国が示した先は、御柳が目を向けていた2号室のドアの反対側…つまり、1号室の左だった。
 示されるまま顔をそちらに向ければ、そこに曇りガラスのドアがあるのが見てとれた。


「シャワーと洗濯機は、あそこ。洗濯機の横に籠があるから、洗って欲しいもんあるならそこに入れといてな。あ、自分でやりたいならそれはそれで全然構わないから」

「あー…ランドリーサービスってやつか」

 何の説明をしだしたんだろうかと思いながら天国の言葉を聞いていた御柳は。
 ふっと、規約に書かれていたような気がする単語を零していた。
 流し読みしただけなので、あまりよく理解していなかったのだが。

「おう、それそれ。雨の日以外は毎日やってっから」

 俺がな、と天国は微笑う。
 その表情を見ながら、雨をぼやいていたのはそのせいか、と御柳は納得していた。
 規約の説明を受けながら、それでも天国の呟いた声は聞こえていたのだ。

「あと、その正面のドアがトイレと洗面所」

 続けて天国が指し示したのは、シャワー室の廊下を挟んだ正面にあるドアだ。
 こちらは曇りガラスではなく、普通の木製のドアだ。
 ふーん、と適当に頷く御柳に天国は一人頷いてみせたりして。


「この階での共同施設はそれぐらいかな」

「共同施設自体少ないだけっしょ」

「……遠慮呵責ねーなー、お前。その通りだから何も言えねーけどさ」

「正直者だから、俺。隠し事できねーの」

「結婚詐欺で生活費稼いでそうな顔してるくせしてか」

 ぼそり、と言ったつもりなのだろう天国の言葉はしっかり御柳の耳に届いていて。

「お前の方が遠慮ねーっしょ、その物言い」

 呆れたやら脱力したやらで肩を落としながら、御柳は言ったのだった。