日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/04/09(金)
SS・ミスフルパラレル]金色の中に溶けるのは(天国の涯設定)



天国の涯【ヘヴンズエンド】設定、番外編第三段
登場人物、天国と屑桐。





【金色の中に溶けるのは】




 派手なクラクションの音を鳴らして、軽トラックがすぐ横を通り抜けて行く。
 巻き起こった砂埃に、天国は思わず咳き込んだ。

 走り去って行くトラックを睨みつけながら、荷物を抱え直す。
 胸元に抱えられた紙袋の中身は、何の事はない食料品だ。
 抱え直した拍子にがさりと音を立てた袋の中身を、天国はちらりと覗き込む。

 フルーツやミネラルウォーターに埋もれるようにして、見え隠れしている小瓶が一つ。
 その金色を目にすると、天国はふっと嬉しそうに微笑した。






「ただいまー」


 ドアベルがからん、と音を立てる。
 耳に馴染んだ、優しい音。
 いつものことながら狭い店内、その中に客の姿はない。
 天国はさしてそれを気に留める様子もなく、カウンターの中に入ると買ってきた荷物を出し始めた。

 荷物を出し終えた所で、カウンターの内側にあるドアが開く。
 そこはこのカフェのオーナー、屑桐の部屋だ。

「帰ったか。早かったな」

「オーナーのお使いだっつったらなんか色々オマケしてくれたぜ〜? やっぱオーナーってば顔広いんだな〜」

「古顔なだけだ……何か買ったのか?」


 ペットボトルの横にちょこんと置かれた瓶に気付いたらしい。
 やっぱり洞察力あるよな〜、などと感心しながら天国は瓶を手の上に載せる。

「ハチミツ買ってきてみた★」

「蜂蜜? 珍しいな、お前が衝動買いするのは」

「衝動買いっていうかさぁ……」

 言いながら天国は流しの横にまとめて置いてある瓶の中から一つを抜き出した。
 その瓶の中身は、アールグレイの茶葉だ。
 天国が気に入って常備するようになったものである。
 天国は蜂蜜の瓶とアールグレイの瓶を並べて持つと、顔の前に掲げた。


「風邪の時は紅茶でうがいするといいんだってさ。ついでに紅茶にハチミツ入れて飲むのが俺流だったりして?」

 悪戯を仕掛けた子供のような顔で、天国はそう言い放った。
 告げられた言葉に、屑桐は僅かに瞠目する。
 滅多なことでは表情を変えない屑桐のそんな顔に、内心で珍しいもの見られた、などと呟いていたりして。

「……気付かれていたのか」

「多分俺だけな。オーナーといる時間長ぇのって、やっぱ俺だしさ」

「成程」

 得意げな様子の天国の手から、屑桐がアールグレイの瓶を抜き取る。
 ティーポットを出したのを見て、天国は棚からティーカップを取り出した。
 最近では大分紅茶・コーヒーともに淹れ方の上手くなった天国だが、屑桐のそれにはまだまだ敵わない。
 別段変わったことをしているわけでもないのだが、屑桐の淹れる紅茶は天国の好みにピンポイントなのだ。


 水が沸騰するのを待ちながら、手持ち無沙汰な天国はボケっと蜂蜜の瓶を眺めていた。
 ふと思い立ち、何をするでもなく蓋を開けてみる。
 ふわりと、独特な甘い香りが鼻腔に広がった。
 手元にあったティースプーンで、その金色をそっとすくってみた。
 きらきらと太陽の光にも似た色が、傾けたスプーンから流れ落ちて行く。
 細く揺れる、金色の糸のように。

 子供のように首を傾げながらそれを見ている天国に、屑桐はふっと笑った。
 空気の揺れを感じたらしい天国が、手元はそのままに目線を上げる。


「好きなのか?」

「うん、綺麗だし」

 こくりと頷き、天国は再び視線を落とす。
 飽きもせずに金色を眺めるその目は、けれどどこか遠くを見ているようにも見えた。
 今この場所ではない、どこか別の場所、別の想いを見やっているような。

「ハチミツってさ、幸せを溶かしてるから、きらきらしてんだってさ」

「何?」

「昔。俺にハチミツ入りの紅茶を飲ませてくれた人がさ、そう言ってたんだ。幸せを溶かしたから、金色で甘いんだって」

「……随分、ロマンチストだな」

「ははっ、俺もそう思う」

 肩を竦めて、天国はくすくすと笑った。
 楽しげに。

 幸せを溶かした、色。
 あまい、味。

 教えてくれたのは、ここから遠く離れた場所にいる人。
 きっともう会うことはない、けれどできることなら、幸せになっていて欲しいとただ素直に願える人。
 太陽の光を集めたような金色。
 幸せを詰め込んだような。


「なあ屑桐さん。部屋に残ってる奴らも呼んで、お茶会にでもしよっか」

「好きにしろ」

「うん。そーする」


 『幸せ』が一体何で、どんな形なのかは分からない。
 見たことがないから。
 けれど、この金色にそれが宿ってるというのなら、それもいい。

 皆でゆっくり、幸せの欠片を味わうことにしよう。


 END







番外編第三段〜。
てなわけで屑桐さんです。
実はこれ、本編終わった後のつもりで書きました(本編も何も2回しか書いてないじゃないですかちうか貴方日記で本格的に連載にしちゃう気なんですかそうですか)
なので前2回の番外編よりも明るめな雰囲気。

しっかし見事に天国さんばっかだなぁこのシリーズ…(笑)