日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2004/03/27(土) |
[SS・ミスフルパラレル]CODE:HEAVEN or HELL |
俺は、ガラクタの中から空を見上げてた。 青空、曇り空、雨降りの灰色の空、それをただ目に写していた。 そんな俺の視界に、突然入り込んできたのは、お前。 くるりとした丸い目で、首を傾げて。 俺の、お前風に言うのなら「人生」ってやつは。 まごうことなく、そこから始まった。 誰が何と言おうと、それが始まりだ。 CODE:HEAVEN or HELL 「うわわわわーっ??!!」 「?! マスター、何した?!」 「ば、芭唐ちょい手伝え〜……」 叫び声と、何かが落ちるような音。 どさどさばさばさ、という音に続いて、どすんと重い物が落ちたような音が響いた。 「で? 何やってんだよ?」 「本棚倒した……くそぅ」 「怪我しなかったか?」 「避けたし、一応。避けるのに気を向けてたらバランス崩したんだよ」 呼ばれるまま辿り着いた部屋。 床に散乱している、本やら紙の束やら。 その上に尻餅をつく格好で座り込んでいる、天国がいた。 避けた、とは言っても座り込んだ天国の上にも何冊か本が乗っている。 天国はそれをどけながら、失敗した〜、と苦笑していた。 「天国、ちょい動くな」 「へ、何だ?」 天国の様子を見ていた芭唐が、ふとその目線を天国の足で止めた。 唐突な言葉に、天国がきょとんと首を傾げる。 「足、捻ったろ。軽い捻挫になってんよ」 「げ、マジかよ」 「俺のスキャン能力は折り紙つき、つったの天国っしょ?」 言いながら芭唐はしゃがみ込んで天国の足に手を添えた。 箇所は、右足首。 具合を確かめる為に指先に力を加えれば、天国の表情が僅かに歪んだ。 痛んだらしい。 「一週間ぐらいで治ると思うぜ」 「うわ……やっちまったー…」 額を押さえて、天国は唸った。 そうした所でどうにかなるわけではないのだが。 芭唐はそんな天国を余所に、邪魔な本を取り払う。 「うひょわあ?!」 「……なんでんな色気の欠片もねー悲鳴かね、全く」 「俺に色気を求める時点で間違ってるとは思わねーのかお前は! ってかいきなり持ち上げられたら誰だって驚くわ!」 天国の悲鳴の原因は、ひとえに芭唐の行動のせいである。 即ち、何の前触れもなく天国を抱き上げたのだ。 それも、天国にとってみれば屈辱的なことこの上ない「お姫様抱っこ」という体勢で。 しかしながら痛みの走った足を考えると、暴れるわけにもいかない。 「ていうか芭唐、お前さっきさぁ……」 「あ?」 「呼び方。約束破ったろ」 「あー……癖なんだっての。仕方ねーっしょ」 じとり、と睨んでくる天国に、芭唐は苦笑する。 天国が言っているのは、先程咄嗟に呼んでしまった「マスター」という言い方のことだ。 天国に散々名前で呼ぶように、と諭され喚かれ、最近ではようやく名前で呼ぶことにも慣れてきた。 しかしながら、咄嗟の時にはやはり上手くいかない。 天国もそれを分かっていながら、それでも言わずにいられないのだろう。 その目は、芭唐を責めながら、けれどどこか淋しげな色を漂わせていた。 そんな表情を見ながら、こんな顔をさせたい訳じゃないんだけどな、と苦笑混じりに芭唐は思う。 天国は、芭唐と対等な付き合いがしたいのだ。 何度もそう言われたから、芭唐もそれは理解している。 けれど、理解してはいてもどうにもできないことも、世の中にはある。 そもそも、芭唐を目覚めさせたのは天国だ。 街のはずれにあるゴミ捨て場。 そこに埋もれるように捨てられていた芭唐を見つけて、直してもう1度起動させたのは。 他ならぬ、天国なのだ。 そして起動させられた芭唐は、アンドロイドである。 珍しくもない、家庭用のアンドロイド。 彼らは、基本的に起動させた人間を主人と認識する。 そんなアンドロイドである芭唐が、天国を主人として認識しているのは仕方のないことだった。 けれど天国は。 そんな芭唐に、繰り返し言い聞かせた。 俺はお前の主人じゃない。 主人にはなれない。 俺と、お前は、対等な関係なんだ。 何度も何度も。 芭唐がそれに首を傾げても、めげずに繰り返した。 その甲斐あって、今でこそ芭唐と天国は友人の如き関係に至っているのだ。 「……なあ、俺さ?」 「ん〜?」 「俺、お前に無茶なこと言ってんのか?」 ベッドの上に下ろされた天国が、そんなことを問い掛けてきた。 湿布を探して薬箱を漁っていた芭唐が、動きを止めて天国を見やる。 天国は、哀しげな顔をしていた。 「何、いきなり」 「俺の言ってることでお前が苦しいなら、もう言わない。だから、苦しいならそう言え。俺はお前を苦しめたいわけじゃないんだよ」 「……苦しくないわけ、ねーじゃん」 ぽつり、零した芭唐の言葉に。 天国の顔が、くしゃりと歪んだ。 泣き出しそうに。 それでも、何とか泣くのを抑えて、息を吐く。 その拳が震えているのを見て、芭唐は面白くなさそうに眉を寄せた。 「じゃあ」 「お前が、んな顔すんの見て! 苦しくないわけねーだろ、つってんだけど?」 じゃあ、もう無茶な要求はやめるから。 そう言いかけた天国の言葉は、途中で遮られた。 芭唐の言葉に。 芭唐はぼふ、と音をたてて天国の隣りに座る。 何が起きたのか分からない顔の天国を見て、苦笑に限りなく近い、だけれどとても優しい笑みを浮かべた。 そのまま、天国の頬を軽く抓む。 「俺は、天国がそういう顔してんの見るのが、1番ヤだから。だから、んな顔すんな」 「ばから…?」 「まだ、慣れてないから失敗もあるけどさ。俺、お前に感謝してんだぞ?」 いつになく真剣な語調で語る芭唐に、天国は黙ったまま視線を送っている。 耳に届く芭唐の言葉は、真剣で、どこか甘いようにも感じられて。 俺はやっぱり芭唐の言葉が好きだなぁ、と関係のないことを思わず考えてしまったりもした。 「俺を起こしてくれた、俺にいろんなことを教えてくれた、俺に、こんな気持ちをくれた」 「それは、俺がしたかったからしただけだし」 「うん、そんでもな。俺は嬉しいから。だから、俺はお前が哀しい顔をすんのがヤだ。それだけだ」 「んな……嬉しくなること言うなよ。俺はさ、俺は、一人がイヤだったんだ。俺、身寄りがいねーの。そんだけじゃなくてさ、記憶もねーの。トモダチはいるけど、親切にしてくれる奴もいるけど、でもどっかに穴空いてるみてーでさ」 堰を切ったように喋り出した天国の言葉、その内容に芭唐は驚いていた。 初めて聞く話だった。 そういえば、天国の身の上話を聞いたことが1度もなかったことに気付く。 震える天国の手を、芭唐は自然と掴んでいた。 握った手は振り払われることなく、握り返される。 「そんな時、お前を見つけた。俺は、俺を知ってくれる奴が欲しかったんだ。俺の、家族が。偽りでもいいから、欲しかった……」 「家族?」 「ごめん、最低だ俺。そんなんでお前を…っ」 「いーじゃん、それ。すっげー楽しそう」 「……ふへ?」 拍子抜けしてしまったのは、仕方がないかもしれない。 まさかそんな答えを返されるとは予想だにしていなかったのだから。 俯かせてしまっていた顔を上げれば、芭唐が子供のような顔で笑っている。 「俺と天国が家族、ってさ。なんかすっげーよくね? メチャクチャ楽しそうじゃん」 「えと……?」 「なあ、なろーぜ家族。っつかさ、今までのって違ぇの? 今までのもさ、家族って言うんじゃね?」 「そー…かもな」 「だろー? なあ、俺知ってんだぜ?」 くつくつと、楽しげに笑う芭唐が天国の額にこつん、と額を合わせてくる。 髪が触れ合う、さらさらという音がやけに耳を穿った。 次いで芭唐が告げた言葉に、天国が眩暈を覚えながらも、それでも。 笑ってしまったのは、仕方ないことかもしれない。 「俺は天国が好きで、天国も俺が好き。そーいうのってさ、家族じゃなくて恋人っていうんっしょ」 END 早く終わらせよう感が満載になってしまった後半に大後悔。 しかし設定としては好きかもしれない、なアンドロイド話。 天国が「ご主人(と書いて読みはマスター)」なのもツボですが、敢えて逆にしてみました。 あ、ちなみに続きませんよ?(笑) この期に及んで増やしたら流石に風呂敷広げすぎっしょー… |