日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/03/17(水)
SS・ミスフルパラレル]錆びつく雨の降る午後は(天国の涯設定)



天国の涯【ヘヴンズエンド】設定、番外編。
御柳が天国の涯に来る前の話。
こんな日常。
今回の登場人物は犬と猿。ちょっとだけ屑桐。






【錆びつく雨の降る午後は】



「犬飼、頼まれてくれないか?」


 突然屑桐にそう言われたのは、或る土曜日の午後のことだった。
 ちらりと見た時計は、三時手前を示している。
 喉が乾いたので、飲み物を漁りに階下に下りてきた、その矢先でのことだ。
 犬飼は断るでも受けるでもなく、黙ったまま冷蔵庫を開ける。
 そんな態度にはいい加減慣れている屑桐は、犬飼の背中に話し掛ける。

「へヴンが買い物に行ったんだがな、雨が降ってきた。傘を持って迎えに行ってくれ」

 冷蔵庫の中から取り出した清涼飲料水の蓋を開けながら、犬飼は屑桐を見やった。
 何で俺が、とその目は語っている。
 その顔つきは、一見すると不機嫌以外の何者でもなく。
 おそらくは、何も知らない人間が見たのなら怯むこと必至な、そんな顔だった。
 しかし屑桐は、動揺の欠片も見せずに話を続ける。

「買い物を頼んだんだが、急に雨になったんだ。少し風邪気味のようだったからな、雨に濡れて悪化しても困るだろう」

「………分かった」

 盛大な沈黙の後、けれど犬飼はこくりと頷いた。
 結局、天国の涯に住む人間で屑桐に逆らうことのできる人間など、滅多なことでは存在しないのだ。







 雨が降ると、昼間と言えども街中の喧騒は俄かに少なくなる。
 道を歩いているだけで理不尽な視線を集めてしまう犬飼にとっては、雨の日は嫌いではなかった。
 通りを歩く人間は少なくなるし、差している傘の所為で顔が隠れる。
 歩き回っても無駄な疲弊をすることがないのは、正直ありがたかった。

 傘の下から辺りを見回し、天国の姿を探す。
 程なくしてシャッターの閉まった店の軒先でしゃがみ込んでいる天国を見つけることができた。
 天国は犬飼に気付いていないらしく、荷物を抱えたままぼんやりとしている。
 少し雨に濡れたのか、髪がいつもよりしなっていた。

「おい」

「あれ…ヘルじゃん」

 目の前に立って、声をかけると。
 そこでようやく犬飼の存在に気付いたらしい天国が、目を丸くした。
 明るい茶色の虹彩が、犬飼に向けられる。
 その目でまっすぐ見られることが、少しだけ犬飼は苦手だった。
 付き合いが長くなるうちに、それにも慣れていったのだけれど。

 それでもやはり、時折どきりとするのはどうしようもない。
 指の先がぴくりと震えた。
 天国はそんな犬飼の様子に気付くことなく、首を傾げていたりする。

「何、どしたんだお前?」

「迎えにきた」

「え? 何、マジで? 珍しいの、お前が来るなんてさ」

「……いらねえなら帰る」

 大げさに驚かれて、何となく面白くなくなる。
 そんなに俺が来たのは意外かよ、と。
 言いかけて、寸前の所で口を閉ざした。
 踵を返しかけた犬飼に、天国は慌てて立ち上がった。

「ちょ、ここまで来てそれはねーだろお前っ」


 ぴしゃ、と足元にできていた小さな水溜りの水を跳ねながら、天国は犬飼の持っていた傘の下に強引に滑り込んだ。
 鼻先にある天国の髪から、水の匂いが香ってくる。
 雨の降りしきる外に出た時にも、こんな匂いは意識しなかったのに。

 とん、と軽く肩が触れた。
 その瞬間、犬飼は眉を顰めていた。
 触れた箇所が、ひやりと冷たかったから。

「何でそんなに冷えてんだ、お前」

 思いがけず、詰問しているような口調になってしまう。
 犬飼の言葉に、天国は何を問われているのか分からない、と言いたげな目をしたが。
 間を置いて、質問の意味を解したらしくああ、と頷いた。

「俺、雨に弱ぇの。ちょっと濡れただけでもすーぐ冷えちまうんだ」

 体質だからしょーがねえよ、と苦笑しながら、天国は犬飼の傘を持つ手にぺたりと触れた。
 触れた手は、天国の言う通り冷え切っている。
 氷水にでも手を浸していたのか、というそれに犬飼は顔を顰めた。

「オーナーだろ? 俺、迎えに行くように言ってくれたん」

「ああ」

「俺の体質知ってっからさ。心配してくれたんだと思う」

 少しでも体温を取り戻そうというつもりか、ぱたぱたと手を振りながら天国は言う。
 冷えたせいで赤くなった指先が、目に痛いほどで。
 その赤は、犬飼の心を落ちつかなくさせた。
 何故かは、分からなかったけれど。

「………は」

「何?」

「雨の時の買い物は、俺が代わってやってもいい」

 ぼそぼそ、と。
 聞こえないのなら、聞こえないままでいい。
 そんなことを思いながら、犬飼はそう口にしていた。
 慣れない言葉は、多大に精神力を消耗する。
 犬飼の耳が赤くなっているのを見た天国は、楽しげに笑った。


「さんきゅ、そーするわ」


 そんな、或る雨の日の午後。



END





雨が苦手な【天国の涯】設定の天国氏。
そんでヘタレをちょっとだけ脱してる? な犬飼氏。
しっとり系の話が書きたいなー、と思ったらしっとりどころかじっとりな雨の話になってしまって笑ってみたり。
【天国の涯】設定は自分的に今が旬なので楽しくてたまらない♪
(もしかしなくても書いてる本人しか楽しんでない)