日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/01/14(水)
SS・ミスフルパラレル]深き森の彼方「途惑いの中・2」


2004.1.13 深き森の彼方「途惑いの中」の続き。
NIGHT HEADパロ。
牛尾の研究所に連れてこられた天国。






「うわ?! オイ、ちょ、……っ」

 陶器が割れるけたたましい音。

 続いて、何かが倒れるどすん、という鈍い音、驚いたような男の声、乱暴に扉を開けるバタンという音が聞こえて。
 走り去る軽い足音が、最後。


 ここ数日で最早日常茶飯事になってしまったその音に、牛尾は微苦笑した。
 今頃、食堂では一宮が溜め息を吐きながら片付けをする為に箒とちりとりを手にしているのだろう。
 窓から外を見下ろしていると、玄関から出た天国が走り出てきた。
 視線に気付いたらしく、走りながらちらりと屋敷を振り返る。
 その目は迷うことなく牛尾に向けられていた。
 強い視線。
 視線に力があったのなら、そのまま射抜かれてしまいそうな。

「うーん……やっぱり、生活環境が変わるってのは不安だよね」

 それがまだ年端も行かない子供だというなら、尚更だ。
 元居た場所が、自分にとって苦い場所であっても、それでも。
 天国をここに連れてきた、そのことに対しての後悔は牛尾にはない。
 あのまま暮らし続けていたとしても、いずれ天国はあの場所からはみ出していただろうから。
 どれだけ見ないフリ、知らないフリをしていても、いつか生じた摩擦は手痛い反動になって返ってくる。
 事実、天国はここに来る前にすでに能力で他人を傷つけている。
 それが天国の望んだ結果ではなかったにせよ、だ。

 そう、哀しいことに今は能力者には生き辛い時代だ。
 理解されない、認められない、そうして、放り出される。
 例え憎まれても、恨まれても。
 自分のような人間、この研究所のような機関は必要なのだ。
 何より、能力者自身を守るその為に。

「僕には、分からないけどね……」

 呟いた牛尾の目には、どこか淋しさにも似た色が宿っていた。






 天国が向かう先は、隣接している駐車場だ。

 自室として、有り余るほどの広さを持つ部屋が天国には宛がわれている。
 TVもベッドもある、生活していくには困らない設備はしっかり整えられている。
 けれど、天国は自室と称されたそこに必要以上の時間はいなかった。
 屋敷を飛び出した天国が時間を過ごすのは専らが、駐車場の車の影で。
 何をしているわけでもない、ただ膝を抱えて座っているだけだ。

 薄暗がりの中で一人座っていると、否が応でも思考は自分の内側に向かって行く。
 自分のこと、自分の能力のこと、父親のこと、母親のこと、学校のこと……
 ぐるぐると、とめどなく溢れてくる思考。
 その波に翻弄されるように、けれどどこかしらではそれを望んでいたりもして。
 周囲に何もない、牛尾の研究所は。
 時折聞こえてくる鳥の鳴き声や、風が吹いた時に聞こえる木々のざわめきぐらいしか音がしない。
 目を伏せていれば、まるで世界に自分一人な気さえしてくるのだ。
 考えを遮断されることがないので、天国はどこまでも己の思想の中に潜っていくことができた。

 思考の波に沈んで行くのは、不思議な感覚だった。
 とめどないそれらは、雑多としているのに、真っ白な世界に居るような。
 そんな気分になるのだ。


「オレはなんでここにいるんだろう」

 ふと、声に出して呟いてみた。
 天国の周りには誰も居ないので、返事は当然のことながらない。
 それでも、音にしてみた。
 意味なんてないと、自分で分かっていながら。

 音にしてみたら、空気が震えた。
 誰にも届かないその声が、己の鼓膜を揺らした。
 音が、声が、目に見えるものだったなら。
 きっと、誰にも届かないそれが淋しげに空気に溶けていくのが見えただろうに。
 誰に聞かれることもなく、孤独に朽ちていくそれが。

「……ぅ……」

 そんなことをぼんやり考えていたら。
 唐突に、天国の意識にもなかったのに、涙が溢れていた。
 目の前の景色が霞んで、ようやくそれに気付く。
 呆然としながら頬に指を這わせれば、指先が濡れた。

 泣く、なんて。
 もう随分久し振りな気がした。
 物心ついた時には、力があって。
 感情的になるとそれが溢れることに気付いてからは、極力激しい感情を表に出すことを控えてきていたから。

 泣いても、いいんだろうか。
 誰もいないから。
 自分を知る人は、自分が傷つけてしまう人は。
 ここには、誰もいないから。

 心の中で自問自答しながら、既に天国の瞳からはボロボロと涙が零れていて。
 頬を伝うその感触は、随分久し振りで。
 久し振りすぎて、なんだかおかしかった。

 泣けなかった。
 泣きたかった。
 行きたくない、いいこにするから。
 お願いだから、オレをどっかにやっちゃわないでよ。
 おとうさん、おかあさん。
 オレが、わるいこだったなら。
 いいこにするから。
 一緒にいてよ、お願いだから。

 そう言って、泣きながら縋りついたのなら。
 あの時、なんとも言えない顔で車を見送っていた父母は、何を言ってくれただろうか。
 引きとめて、くれただろうか。
 今となってはもう、帰れない場所なのだけれど。
 天国は、今自分が家からどれくらい離れた場所にいるのか、ここが日本のどこであるのか、それさえ分かっていなかったから。



「…………」

 かた、と小さな音がした。
 目の前で。
 僅かな、けれど聞き逃すことのできなかった音に、天国は涙で濡れた頬を拭うこともせずに顔を上げる。

 人が、いた。
 車の影から、天国の様子を伺うように立っている。
 天国と同じくらいの、子供だった。
 この研究所に来てから、天国は自分と同じくらいの子供を見たことはなかった。
 同じくらいの、どころか周りにいるのは大人ばかりで。
 それが天国にとっては、余計に研究所を居づらい場所だと思わせる要因となっていた。

 ぼんやりと天国が見ていると、その子供はおずおずと近付いてきて。
 天国の前に、そっとしゃがみこんだ。
 暗がりの中ではよく見えないけれど、綺麗な目だと、ただそんなことを思った。
 深い泉を覗き込んでいるような、そんな気分になる。
 天国が言葉を発することも忘れて、その目を見つめ返していると。

「……なかないで?」

 するりと耳に入り込んだ、小さな声。
 静かな、けれどまっすぐと心に入り込んでくるような声だった。

 これは、幻なんじゃないだろうか。
 あまりに淋しくて、どうすればいいのか分からなくて、そんな心が生み出した、都合のいい幻なのかもしれない。
 自分が手を伸ばせば、口を開けば。
 今にも、消えてしまうんじゃないだろうか……

 天国がそんなことを考えていると。
 子供は、困ったように首を傾げた。

「しばあおい。ちゃんと、人間だよ?」

「……さるの、あまくに」

 天国が名乗ると、司馬はにこりと笑う。
 元が綺麗な顔立ちだからか、柔らかなその表情は天国の心に優しく当たった。
 ようやく表情を和らげた天国に、司馬はポケットからハンカチを取り出して渡す。
 受け取ったそのハンカチは、何かの花の香りがした。
 ふんわり甘い、けれど決してキライではない匂いだった。

 頬の涙を拭うと、司馬が目の前で立ち上がる。
 天国がそれに不安げな目を覗かせると、司馬が一緒に行こう、とばかりに手を差し出してきた。
 少し躊躇って、けれどこの手を取らなければ自分はきっとずっと一人な気がして。
 天国は、伸ばされた手にそっと自分の手を重ねた。
 一瞬、司馬がジッと天国の顔を見据える。
 けれど天国はそれに気付かなかった。

「……しば?」

 右手には司馬の左手、左手には司馬に借りたハンカチを握り締めて、天国は司馬に問うような目を向ける。
 司馬は、それになんでもないよ、と首を振った。
 歩き出した司馬に連れられ、天国も歩き出す。
 駐車場の外に出ると、太陽の光が眩しかった。

 白い光。
 一瞬、駐車場の薄暗がりの中で沈んでいた己の思考の波と、オーバーラップする。
 目を細めた天国に、司馬が握っていた手を引いた。
 現実に引き戻されて、天国は目を瞬かせる。

「……一人、じゃないよ」

「……!」

 ぽそりと、告げられた言葉。
 それは、今の天国が何よりも欲しかった言葉だった。
 どうして自分にこんな力があるのか分からなくて、力のせいで親とも離れなきゃいけなくて。
 何も、分からなかった。
 自分でさえも。
 どうしてここにいるのか、どうすればいいのか。

 けれど、難しいことは分からなかった。
 分からないまま、ただ言って欲しかった。
 ちゃんと居場所が在ることを。
 ここに居ても、生きていてもいいのだと。
 どんな言葉でも、行為でもいいから、それを自分に感じさせて欲しかった。

「しば……ありがと」

 浮かんでくる涙はそのままに、天国がそう告げる。泣き笑いの表情で。
 司馬は、ふるりと首を振って。
 繋いでいる手を、ぎゅっと握ってくれた。
 そのぬくもりが、何より手放しがたくて。

 天国は、生まれて初めて「自分」がここにいることを悟ったのだ。




END







うわー前編と長さが違うぜー。
あっはっはっは。
出会い編でございました。
NIGHT HEAD…?みたいなね。ズレてますけどね。
だって兄弟にはできんかったから…(汗)

そんなこんなで研究員一宮さん登場してます。ちこっとだけ。
虎鉄ちゃんにしようと思ったんだけど、普通な人が良かったので一宮さん。
ここの研究所、料理人は多分猪里さんでしょう(笑)
これ、ちゃんと書く気はないのに設定はちょこちょこ出来上がっているわ……

牛尾さんのお●さんが●●●でその為にこの●●●を●ったんだとか。
司馬っちは●●さんの●●で、だから●●●に小さい頃に連れてこられたとか。
まだまだ未定だけど剣菱さんは●●●の一員で、凪ちゃんも●●●だからそれを●●ために●●●に属しているだとか。

伏字ばっかにしーなや、自分。
そんな隠したって書くか書かない分からない設定なのに(爆)
いやしかしいざ連載で書く! とか意気込まない方が楽に書けるんだよ。
特にこういう長くなりそうな話はさ(苦笑)
まとまったらANOTHER STYLE PAGE(=ASP/爆)にでも移動させましょかねー。
ちなみに今回でこの「深き森」シリーズ5本目です。
この話は前回のとで一本だから、4作目になるんだろうけども。

しかし日記に書いたパラレルやら何やらを移動させたら、うちのASPは凄いことになりそうだ。
うッわ、濃っ!! みたいな(笑)