日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2003/12/07(日) |
[SS・ミスフル]Every breath you take(馬→猿) |
「…♪ ……」 ふと、その音に耳を奪われたのは。 その音が、ヘッドフォンから流れているお気に入りの音楽よりもハッキリと、耳を穿ったのは。 ただの、偶然だったのだろうか? Every breath you take 放課後の、清掃の時間のことだった。 じゃんけんに負けてごみ捨てを仰せつかった司馬は、ごみ袋を片手に歩いていた。 上履きから靴へ履き替え、外へ出る。 晴れた、気持ちのいい陽気だった。 空にはぽつりぽつりと雲が浮かんでいるのが見える。 いい天気だな、と空を見上げて。 今日も部活頑張ろう、などと一人思ってみたりする。 そうして、歩き出そうとした司馬の耳に、その音階は飛び込んできたのだ。 「Ev… you……nd…ou br…st…」 誰かが、歌っている。 途切れそうな、けれど確かに聞こえてくる音に司馬は首を傾げ。 なんとなく、その音源へと足を向けていた。 気になった。 何故だか、自分でも分からなかったけれど。 途切れ途切れに聞こえたその音が、自分の聞いたことのある曲だったからか。 それとも、もっと別の理由からか。 音は、中庭から聞こえてきているようだった。 芝生に足を踏み入れ、きょろりと辺りを見回す。 視界の端、人影が揺れるのを司馬は見逃さなかった。 「Every smile you fake Every claim you stake I'll be watching you」 人見知りの激しい司馬が、その人影に近付いたのは。 彼が、司馬の見知った人物だったからだ。 手にした箒で足元を掃きながら、気持ちよさげに歌っている。 彼の人の名は、猿野天国。 どうやら中庭が掃除担当区域らしい。 けれどそれより何より、司馬が驚いたのは天国の歌にだった。 司馬は基本的に洋楽が好きだ。 中でもお気に入りなのはクイーンなのだけれど、洋楽なら基本的にどんなジャンルでも聞く。 だから、今天国が歌っているのも誰の何と言う歌なのかすぐに分かった。 こういう曲が、好きなのかな。 覚えるくらい、聞いてるんだ。 歌う天国の表情は、部活中にはついぞ見ないリラックスしきった顔で。 声を張り上げているわけでもないのに、その歌は驚くほど大気に響いていた。 流暢な発音は、耳に心地よく。 司馬は無意識のうちに、ヘッドフォンから流れている曲を停止させてまで天国の歌に聞き入っていた。 自然、目を伏せて天国の唇から、喉から零れ落ちるそのメロディを意識が追う。 伸びやかな、声だった。 「Oh, can't………」 不意に、歌が止む。 それが残念で、もっと聞きたくて、司馬がふと目線を上げると。 「っ!!??」 「いーつーかーらー見ーてーたー?」 目の前、すぐに天国が立っていた。 じと、と睨みつけられる。 驚きと困惑と混乱に、司馬はワケも分からずふるふると首を振った。 天国は唇をヘの字に曲げ、そんな司馬に視線を注いでいる。 怒らせてしまったのだろうか。 黙って聞いてたから? どうしよう。 何か、何か言わなきゃ伝わらない。 けれど、言葉は出てこない。 喉を塞がれたかのように。 それを、こんなにももどかしく思ったのは久し振りだった。 「くっ、あはははっ! 冗談だって司馬。じょーだーんでーす」 「…っ??」 「やー、ゴメンな。お前、マジ喋らないのなー。悪かった悪かった。怒ってないからさ、別に」 肩を揺らして笑いながら、天国はぱたぱたと手を振っている。 司馬は、ぽかんとそれを見ていることしかできずに。 ひとしきり笑ってから、天国はぽん、と司馬の肩を軽く叩いた。 「な、お前ゴミ捨て行くんじゃねーの? 早く行って帰ってこないと部活始まんぜ?」 手にしていたゴミ袋を指差され、司馬は自分が何故外に出てきたのかを思い出した。 そういえば、ゴミ捨てに行く途中だった。 司馬は天国の言葉に頷き、行ってくるね、の言葉の代わりに軽く会釈をした。 兎丸ほどではないけれど、何となくなら意思の疎通の出来るようになってきた天国はそんな司馬に笑って手を振る。 「おー。じゃ、また部活でなっ」 手を振った天国は、そのまま自分も踵を返すとぱたぱたと足音を響かせて去って行った。 司馬も、本来の目的を果たすべく中庭を出る。 歩きながら、けれど反芻するのは先ほどの天国の歌声だ。 耳に残って、離れそうもない。 MDの再生ボタンを押そうとした手は、結局そのまま下ろされた。 今は何を聞いても、きっと耳に入ってこないと思ったから。 それほどまで強烈に、天国の紡いだ音が意識を支配していた。 いっそ、暴力的なまでに。 その理由を、本当は知っている。 だけど、知らないままでいい。 ……今は。 歩きながら、ふと中庭の方を振り返る。 今はもうそこにいない天国の姿が、けれど鮮明に思い返されて。 見たことのなかった表情を見れたことに、今更ながら鼓動が跳ね上がって。 その理由も、「偶然」天国の声を耳が拾い上げたことも。 ちゃんとした名前が、そこには在るのだ。 告げることなどできようはずもないその想いに、今は気付かぬフリをしているけれど。 それもいつしか、抑えられなくなる日が来るのだろう。 だからせめて、今は知らないフリをしていたかった。 甘い、苦い、そんな感情に心を支配されて、けれど首を傾げて。 それでさえも、本当は苦しいのだから。 耳を離れないその歌声に、その歌の内容に人知れず司馬は笑う。 あまりに、今の自分と酷似していたからだ。 この想いを、本当は悟られているのではないかと危惧してしまうほどに。 それとも、天国もまた。自分と同じような感情に苛まれているのだろうか。 それはそれで、面白くないような、哀しいような気がする。 「Oh, can't you see You belong to me How my poor heartaches Wuth every breath you take」 天国が口ずさんでいた歌を、誰にも聞こえないような声音で歌ってみる。 口の中で、甘いキャンディを転がすかの如く。 けれど、その歌詞のせいか否か。 甘いばかりではなく、舌先が少し苦さを覚えたかのようにぴりりとした。 あまりに、己の心境を歌い上げているかのようで。 苦笑し、司馬は息を吐いた。 帰りに、彼の歌っていた歌を探そう。 アーティストの名前も歌も知っていたけれど、司馬の手元にその音源はなかったから。 彼の好んで聞く音に、身を委ねてみたい。 そんなことを思った。 「Every breath you take....」 END ひっさびっさーの司馬きゅんです。 相方に「司馬っちが書けないよーう」と零したその日に司馬を書く奴な(笑) いや、書けないって言ったら何故か燃えまして。 だって好きなんだもん、司馬くんっ。 芭唐氏にすっっかり居場所奪われちゃったけど、でもまだやっぱり好きなんだもんっ!! という自分がスタンドの如く呼び出されちゃったみたいでねぇ。 普通に書けてしまった。 今日洋楽ばっかかけてたのも影響されたんかもな。 何故か洋楽周期でね。 昨日に引き続き。 話に出てきた曲はスティングの「Every breath you take」です。 タイトルにもなってますが。 これ、えっらいラヴな歌っぽいんですけどね。 でもなんか片想い? ちょっと哀しげ? なカンジなのでこんな話に相成りました。 スティングの曲って憂いを帯びたっていうの? ちょっと哀しげなラヴソングが多いと思うの私だけですかね? |