日々徒然ときどきSS、のち散文
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2003/11/24(月)
[SS・ミスフル]あヰを誓え嘘ばかり語る其の唇で(芭猿)


「ままごとって分かるか?」

「……それ、俺のことバカにしてるって判断してもいいか?」

 唐突に振られた話題に、天国は顔を顰めた。
 心底いやそうに向けられるその目に、御柳はくっと笑う。

「聞いただけだろ。んな睨むなって。お前の目に見られんのは好きだけどな」

 億面もなく、そんな台詞を言ってみたりして。
 にやにや笑いのままのそれを、天国は本気だとは微塵も思っていなかったけれど。
 少なからずの本音が、その言葉には滲んでいた。
 それを知っていたのは、言葉を紡いだ御柳本人だけだったのだけれど。

 天国はそのまま呆れたような顔で御柳を見ていたが。
 やがて根負けしたかのように、肩を竦めてふっと息を吐いた。
 一瞬目を伏せて、次に目を開けた時にはその目から剣呑とした色は跡形もなく消えている。
 切り替えの早さも、御柳にしてみれば気に入った所。

「で、それがどーかしましたか」

「だから、俺とままごとしよーぜ、ってこと」

「……はぁ?」

「なりきり。ごっこ遊び。そういうの」

 御柳の言葉に、天国はぱか、と口を開けて動きを止めている。
 それもそうか、と酷く冷静に思った。
 そうして、そんなまっすぐな反応もまた御柳の気に入る所だったりするのだ。

「とうとう頭湧いたか、お前」

「いーじゃん、面白そうだと思わねぇ?」

「思わない」

「即答かよ。ていうかまだ俺演目を言ってねえっしょ」

「言うな。どうせロクでもないんだろうから。ていうかむしろ聞きたくないから言わないでください」

 怒り、というよりも呆れ返った、と言わんばかりの表情で天国は言う。
 突き放したような調子の言葉に、けれど御柳は笑いを深くする。
 逃げれば逃げるほど、追いたくなるのが人の心理だ。
 逃げた獲物が手に入り難いものであればあるほど、追いたくなる。
 追い詰めたくなる。

 手に入れたく、なる。

 御柳の纏う空気の不穏さに気付いた天国が、怯んだように後退る。
 僅かな動きだったけれど、それをみすみす見逃すほど御柳は間抜けではない。
 走り出す隙なんて、最初から与えない。
 音もなく伸ばした手で、その腕を掴んだ。
 震えはしなかったけれど、驚いたように体が固くなるのが伝わってくる。

「いーじゃん、ダチっしょ俺ら」

「それとままごとの関係が分からんわ!」

 うが、と牙を剥くようにして天国が大声を出す。
 それに、御柳は些か大仰に肩を竦めた。

「デカイ声出すなよ。びびるっしょ」

「お前がそれくらいで驚くような可愛らしい神経を持ってるとは到底思えないんだが、俺は」

「まぁいいから聞けって」

「謹んで辞退申し上げます」

「恋人ごっこ、しよ?」

「俺の言葉は無視か! ……て、今なんつったよ?」

 耳を塞ごうとした天国の、今度は手首を掴んで。
 細いとは言い切れない、だけれど身長差のせいか御柳からしてみれば若干細めだと言える。
 掴んだ指の下、脈が伝わってくる。
 うるさいまでに主張する、生きている証。
 それが、たまらなくいとおしく思えた。自分でも何故だかは分からなかったのだけれど。

 顔立ちは至って普通なのに、強烈なほどの存在感を天国に感じるのは。
 その目の強さ故なのかもしれない、と御柳は思ったことがある。
 どんな相手だろうと、まっすぐに見つめることのできる強さ。
 それを無謀だと嗤う人間も中にはいるだろうが。
 御柳は、その双眸の強さが好ましいと思った。
 それが、一番最初。

 そして今、御柳が惹かれたその目は、きょとんと見開かれている。
 御柳の言った言葉、その真意を見抜こうとしているかのように。
 途惑いに揺れながら、変わらない強さ。
 それに御柳はふっと口元を緩めた。

「俺、案外尽くすタイプよ?」

「えーと……御柳さん?」

「思い思われ、幸せな恋人同士のフリ。楽しそうだと思わね?」

 喉の奥で笑いながら、御柳は掴んだ手首を力任せに己の方へ引いた。
 わ、と驚いた声を洩らしながら天国の体が近くなる。
 透き通るように見える茶色の髪が、目の前。
 脱色しているわけでも染めているわけでもなく、元々の色だと聞いた。
 色素が薄いらしい。
 そういや、髪の色がこの色ってことはさ。

「ちょ、わ、なにっ」

「ああ、やっぱお前の虹彩って透き通ってるな」

 ぐ、と顎を掴まれ上向かされて。
 吐息がかかりそうなほど近くにまで顔を寄せられて、天国は慌てる。
 目まぐるしい展開に頭がついていかなくて、振り払うことも忘れて御柳の言葉を頭の中で反芻した。

「虹彩?」

「めのいろ」

「御柳は、鋭いって感じだな。でも」

「でも?」

「どこか、脆そうだ」

 否定する気がおきないのは、どうしてなのだろう。
 するりと心に入り込んだ言葉に、頷くことはできなかったけれど首を横に振ることもできず。
 自嘲ぎみに笑いながら、掴んでいた顎を離してやった。
 そのまま、もたれかかるように天国の肩に額を乗せる。

「何、大丈夫かよお前?」

「あー」

「気分悪いのか? だったら座った方が……」

 今までの話から、どうしてそういう方向に行くんだよ。
 キャッチボールで、見当外れな方向へボールを飛ばされた気分だ。
 怒る気も落胆する気も起こらず、思わず笑ってしまったのだけれど。

「なぁ、御柳?」

「動きたくねーの。しばらくこーさせて」

「いいけど……お前こんなんで帰れんのかよ?」

「寝不足なだけだって。何、それとも送ってくれんの?」

 試してみた。
 返ってくるだろう答えを予想しながら。
 離したくない。
 ただそれだけが思考を支配していた。
 ぬくもりに縋る子供のように。

 御柳の唇が、弧を描いているのは天国には見えない。
 見えないから、御柳の腕をなだめるように擦っていたりする。
 がむしゃらな練習から肉刺だらけになっている手のひらは、決して柔らかくはない。
 それでも、素直にその手が心地いいと思えた。

「別に、送るぐらいならいーけどさ。お前んち、遠いのか?」

「近い。こっから駅二つ」

「しゃーねぇな。落ち着いたら送ってやるよ」

「……ん」

 予想通りのやりとりに、笑うしかできない。
 掴んだままだった手首から、ゆるゆると力を抜いた。
 離しはしなかったけれど。
 知らない内に随分と力をこめていたらしく、だから天国があんなにも心配したのかと気付く。
 指を離せば、きっと痕が残っているだろう。
 薄くでも、多分それは確実。

 知らねぇの、お前?
 俺が腹ん中で何考えてっか。
 話の途中だったことも、もう忘れてんだろ。
 もうどーでもいいけど。
 言ったら、笑うんかな。


 ……帰したくねぇの、お前んこと。


END





あれー?
もっと殺伐とした話になるはずが起動修正されてーら。

ていうかもっと短い話のつもりぢゃなかったですか……
芭猿っつか芭→猿っぽい、よな…
この天国さん、天然なわけではなく、みゃあの気持ちに気付いててワザと気付いてないフリしてます。
言いたいならハッキリ言えよ、なわけで。