日々徒然ときどきSS、のち散文
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2003/10/10(金)
SS・ミスフルパラレル]深き森の彼方


 この男は、何を考えているのだろう。

 目の前で甘ったるい匂いをさせつつ口を動かしている男を油断なく見やりながら、天国はそんなことを思った。
 分かるのは、目の前の人物が能力者であることだけ。
 それも、かなりの強い能力を有した人物であろうことだけだった。

「ふ〜ん、ナルホドね。不確定要素、の割にゃあ見た目普通だな」

「……ARKか、お前」

「そ。御柳芭唐、ってーの。ヨロシクな、猿野天国」

 言って、御柳は。
 にやりと笑うと、ガムを器用に膨らませて見せた。
 天国はそれに答えず、眉間に皺を寄せて芭唐に視線を投げた。




  深 き 森 の 彼 方  





 空気が、ぴりぴりと震えていた。
 真冬の空の下へ、火照った体をさらした時のような刺すような感覚が肌に付き纏う。
 無言の圧力。
 御柳の刃物のような気配に、天国は気圧されている自分に気付いた。
 握り締めた手のひらに、じっとりといやな汗をかいている。

「自己紹介ならいらねーぜ? 色々情報貰ってっから、ちゃ〜んと」

 にやにやと笑いながら、御柳は言う。
 その軽口を叩く態度がまた、得体の知れない部分を増長しているようで。
 天国はここに司馬がいなくて良かった、と心底思っていた。
 まとわりつくような気配。
 強い力は、それだけで司馬に影響を与えたであろうことは考えずとも分かった。
 事実、感応能力があるわけでもない天国にさえ、御柳の発する気はどことなく厭な気分を抱かせていたからだ。

「俺さ〜、アンタと二人っきりで話してみたかったんだよね、色々と」

「俺は話すことはねえよ。あるとすればただ一つだ」

「へえ? その一つってのは?」

「俺の前から消えてくれ。それだけだ」

 取り付く島もない天国の言葉に、御柳は片眉を上げた。
 ただ、それは不快感からくるものではなく、ただ純粋に投げられた言葉に驚いたからそうなっただけだったのだが。
 一瞬間を置いてから、御柳はくつくつと笑い出す。
 対する天国はあからさまに不機嫌さを醸し出していて。
 天国のその表情をまっすぐに向けられている御柳は、また可笑しそうに肩を震わせる。

 何がオカシイ、ということもない。
 まるで、噴火間近の活火山を目の前にしているかのようだった。
 きっかけさえあれば、きっかけがなくとも時間が来ればマグマは溢れ出す。
 何もかもを焼き尽くし灰にするその力が、とめどなく。

「…何笑ってやがる。頭イカれてんのかテメエ」

「あ〜、いいいい。やっぱ、俺が目ぇ付けただけのことはあんな」

「何言っ……」

 不可解な言葉を繰り返す御柳に、生来気の長い方ではない天国は爆発寸前だった。
 今はもう、とにかく早くこの場から、正確にはこの男の忌々しい笑いが見えない所へ行きたくてたまらなかったのだ。
 けれど、苛立ったその一瞬に。

「俺がこの世で一番嫌いなモンはな、退屈なんだよ」

「っ、テメ…!」

 距離にして3mほど離れていた間合いが、瞬時に詰められる。
 掴まれたのは、首。
 迂闊だった、と唇を噛むが、起こってしまった事象はどうしようもなく。
 天国はただ、自分の目の前の男を睨み上げることしかできなかった。

 御柳は、背が高かった。
 最初に見た時も思ったことだが、間近にしてみてそれを改めて実感させられる。
 昨今ではこれだけの背などそう珍しくはないのかもしれないが。
 見上げなければならない、というのはどうにも天国にとっては不快だった。

「お前、目がきれいだな」

「……は?」

「透き通った色だ。琥珀みてーな」

 ぽつり、と呟かれた言葉は天国にとって全く予想の範疇外から来たものだった。
 咄嗟のことに思考が着いていかず、ぽかんと口を開けて御柳の顔を見つめてしまう。
 今の自分が、御柳に命を握られているという状況下にあることさえ、吹っ飛んでしまっていた。
 天国のそんな表情がおかしかったらしく、御柳はまた笑った。
 ただし、今度のは先ほどまでのどこか皮肉げなものとは違って。頑なに笑うまいとしていた子供が、ふとしたことから零してしまったような、そんな笑い方だった。

 そんな表情を目の当たりにした天国は、己の心に途惑いが生じるのを確かに感じた。
 ARKは、憎むべき相手だった。
 それは変わらない。
 けれど、それでは、目の前の男は?
 人の心臓をいつでも潰せるようにしておきながら、子供のような笑い方をするこの男は?
 一体、何だというのだろう。
 どうすればいいのだろう。

「録サンに頼んでおいて、良かった。間近で見れたし、お前の目」

「録…?」

「つい最近、行ったっしょ。頼んだんだ、お前以外の足止め」

 御柳のその言葉を聞いた瞬間。
 天国は、忘れかけていた怒りが炎のように身を駆け上るのを感じた。
 あの時に受けた衝撃で、司馬は未だに臥せっている。
 大分症状の回復は見られるものの、襲撃を受けてすぐの頃は見ていられなかった。
 けれどそれでいて、蒼白い顔のまま司馬は大丈夫だ、と微笑おうとするのだ。
 それがまた痛々しくて、司馬をそんな目に遭わせた自分が不甲斐なくて、どうにもできない感情のやり場にどうしようもなかった。

 見開かれた天国の目に、御柳は己が噴火への一押しをしたことを悟った。
 知らず、胸の内が高揚するのが分かる。
 だってコイツは、そういう表情のがぜってーイイから。
 御柳の胸の内を知る由もない天国は、牙を剥くように口を開いた。

「テメーが、あの時の奴を仕掛けたってのか?!」

「そーだって言ったっしょ〜。おかげで今、二人で話せてるわけだし?」

「っざけんな!!」

 能力を抑えなければ、とか。首を掴まれていることだとか。
 そういうのは全部、頭から追いやられていた。
 怒りが、視界を染め上げていくかのようだった。
 憤怒を表した天国に、御柳は掴んでいた手を離し後方へ飛び退る。

 けれどそうした所で天国の力から避けられるわけではなかった。
 精神エネルギーは、武器を投げつけるのとは訳が違う。
 確実に攻撃対象へ向けて、まっすぐに放たれるのだ。
 追撃ミサイルかの如く。
 能力者である御柳が、それを知らないわけがない。
 それでも、御柳の表情に焦りは見られなかった。
 それどころか、御柳は笑ったのだ。楽しくて仕方がない、とでも言いたげな表情で。

「ははっ、それそれ! そーいう顔が見たかったんだっての!」

 耳の奥がキィンと鳴ったようだった。
 御柳の笑い声も、それが何を言っているのかも今の天国には届かなかった。
 怒りの波が、そのまま力の波動に変わる。
 力が視覚的に捕らえられるものだったなら、波のように広がった波動が御柳に集約していくのが見えたに違いない。

「けど……ざーんねんでしたっ、と」

「?!」

 あくまで軽い口調で。
 くく、と笑った御柳の周囲が、ざわめくように揺れた。
 一瞬天国は、それが自分の目の錯覚かと思った。
 過去にも、力の波動らしきものを目にしたことがないわけではなかったから。
 今もまた、それを目にしたのかと。
 けれど、そうではなかった。
 御柳の周りの空気が、揺らめいたのだ。真夏の陽炎を見せられているかの如く。

「な……」

「能力には能力。どーよ、見事っしょ?」

「パイロキネシス…」

「あっは、勉強熱心だな。そんなんだっけか、名前」

 笑う御柳の周囲が、また揺らめいた。
 今度は天国に見せつけるかのように、ゆっくりと。
 その揺らめきに導かれるように、炎が現れた。
 紅蓮のそれは、まるで牙を剥いているように見えた。
 数メートル離れているというにも関わらず、熱が伝わってくる。
 それは、御柳を取り巻くように揺れる炎が、幻などではないことを如実に物語っていた。

 天国の放った力が消されたからくりは簡単。天国が御柳に向けて放った力を、同じように力を放つことで相殺したのだ。
 けれどそれが言葉で言うほど簡単に出来ることかと言えば、答えは否だ。
 能力に対しての理解、そして経験がなければできることではない。
 それが分かっているから、天国は腕に震えが走るのを止められなかった。

「大抵の獣は、これで退いてくれっかんな〜。俺的にはこの能力大助かりなワケ」

 獣、と言う言葉がその文字通りな訳は、勿論ないだろう。
 御柳の能力を嗅ぎつけた、つまらない輩のことを言っているのだ。

「何でお前みたいな奴が、ARKに……?」

 零れた呟きは、天国の意図したところではなかった。
 ただ純粋に、それを疑問に思ったのだ。
 御柳がARKに心酔しているようには、どうにも思えなかったから。
 口振りや態度が、今までARKから派遣された社員とはどこかしら違っていた。

「そんなん、決まってるっしょ」

 何を当たり前のことを聞くんだか、とでも言いたげに御柳は肩を竦めてみせる。
 他の人間がそうしたのなら苛立ちを煽られたのだろうけれど。
 何故か、そうは思わなかった。
 自他共に認める短気な自分が何故、と自身でも不思議に思ってしまったけれど。

「退屈しなさそうだったから、だよ」

 言いながらまたガムを膨らませた御柳の表情を伺いながら。
 どこか壊れたようなその目を見ながら。

「お前、変な奴だろ」

 呆れたように呟いた天国に、御柳はまた肩を震わせて笑ったのだった。
 …この男は、何を考えているんだろう。
 一番最初に思ったのと同じ事を考えながら、天国はくしゃりと髪をかき上げた。
 厄介なことになったんだろうな、もしかしなくても。
 頭を抱えて座り込みたい気分を抑えながら、天国はどうしようもない気分を吐き出すように溜め息を吐くのが精一杯だった。



END





プロジェクト・NIGHT HEAD(笑)第二段〜。
御柳登場編でした。

本ッ当、書きたい場面を書きたいように書いておりますねぇ。
みゃあくんの位置づけはきっちり決まってはいないのですが、趣味で発火能力者です。(本当は天国が良かったんだけど! でも直人役だからサイコキネシスなんだよね〜←ちうか役て、アンタ)
ん〜、原作でいう所の双海兄ちゃんってとこかな?(微妙に…どころにではなくかなり違うけれども)

んでも2回書いてみて、ところどころ世界感やらそれぞれのキャラの位置付けやらが見えてまいりましたねぇ。
ちゃんと起承転結で書ききれる自信はないので、書きませんが(言い切るんかい)
パラレルは楽しいんだよね、やっぱ……