日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2003/10/09(木) |
[SS・ミスフルパラレル]深き森の彼方(馬猿寄り?) |
深 き 森 の 彼 方 「くそぅ、来るな、来るなよッ!」 喉の奥からこぼれ出た言葉は、いっそ悲鳴にも似ていた。 走っているのは、まだ幼さの残る顔立ちをした少年だ。 年の頃は12かそこらだろう。 彼は、しきりに辺りに気を配りながら走っていた。 前後左右、それだけではなく上にまで。 息は切れ、額には汗が浮かんでいる。 少年の表情は、走り続けたせいだけではない、苦しみが浮かんでいた。 「イヤだ、俺は…俺は……」 呟きは誰に向けたものでもなく。 悲哀の滲んだ声を聞く者は、誰一人としていなかった。 景色が霞み、それが己の目に溜まった涙だと気付くのに数瞬かかる。 泣いてる、場合じゃない。 今は、走らなければ。 「っ、あ!」 唇を噛み締めたその時。 既にがくがくと限界を訴えていた足が、もつれた。 体勢を立て直すこともできずに、アスファルトの上に叩き付けられるように転がる。 ざざ、と音がした。 「う、く……」 立たなきゃ。早く。 脳がそう注文するが、痛む体はそれにすぐには応えられない。 膝と、手のひらをひどく擦りむいていた。 じわりと、傷に血が滲み始める。 それでも脳の指令する通りに起き上がろうと、手のひらを握り込んだその時。 少年は弾かれるように、顔を上げた。 顔を上げた先、少年から数歩分離れた場所に。 男が一人、立っていた。 足音一つ立てず、気配すら感じさせずに。 男、というには語弊があるかもしれない。 立っていたのは17、8ほどの清廉な顔をした青年だった。 その頬から首にかけて、炎の形のような痣がある。服の下まで続いているらしく、服の襟の下どこまでその痣が続いているのかは分からない。 けれどそれは、今の少年にはどうでもいいことだった。男の容姿になど、少年の意識は向いていなかったからだ。 「あ、あんた……」 言いかけて、少年は言葉を呑み込んだ。 男の目と、視線が合ったからだ。 冷たい目だった。何もかもを拒絶し、否定する。 どんな言葉も景色も、入り込めない目だった。 擦りむいた傷の痛みも忘れて、座り込んだままのその姿勢で少年はわずかに後ずさった。 アスファルトに、血の色が滲む。 男は何も言わない、何の表情も浮かべない。それが返って恐ろしかった。 きっとこの男は、眉一つ動かさずに自分を殺せる。 それは予感ではなく、確信だった。 すい、と男が手を動かした。 その動きに空気が揺れ、その時になってようやく、目の前の男が生身の人間なのだと感じられた。 手が、伸ばされる。 それまで恐怖に硬直していた心が、その時になってようやく動いた。 身体が跳ね上がるほどの怯えという形で。 極限までに追い詰められた心は、意図せず少年の喉から細い悲鳴を上げさせた。 頭が痛い。 恐怖と痛みに目を閉じる直前。 視界の端が、明るくなった、ような気がした。 「猿野くん、猿野くん!」 呼ばれている。俺は、この声を知ってる。 声に導かれるように、天国は目を開けた。 ぼんやりと開けていく視界。 目の前に、自分を心配そうに覗き込む顔があった。 「ね、づ…俺……?」 「うなされてたっすよ、大丈夫っすか?」 言いながら子津は手にしていたタオルで天国の額を拭いた。 傍目にも、天国の焦燥した目はハッキリと分かったからだ。 柔らかなタオルの触れる感触に、天国は安堵したように息を吐く。そうしてやっと、自分がじっとりと汗をかいていることに気付いた。 濡れた背中が、気持ち悪い。 天国が起き上がろうとするのを、子津が何気なく手伝った。 「ごめん、俺、また…?」 「大丈夫っすよ。司馬くんが教えてくれたっす」 「そ、か……」 立てた膝に顔を埋めるようにして、天国がゴメン、と呟く。 それに子津は答える代わりに天国の髪を撫でた。 悪夢にうなされた子供をあやすような動作で。 痛々しい。 今の天国の姿には、その言葉しか出てこない。 普段の天国は、弱音など吐いたりしない。いつでも前を見据え、人の先頭に立つべくして生まれてきたかのような強い生命エネルギーに満ちている。 けれどどんな人間にも、弱さや悪意は存在する。 光が当たれば影が出来るのが当然のことのように。 そうして、天国が暗い表情を覗かせるのは決まって今のように夢でうなされたその後だった。 「猿野くん、少し気分を和らげた方がいいっす。あったかいもの、持ってくるっすね?」 「おう、さんきゅ」 「ホットミルクでいいっすか?」 「……ココアがいい」 顔を上げた天国は、大分落ちついたようだった。 子供のような事を言ってくるのに、けれど子津は了解っす、と笑って。 その笑顔に、天国は己の心がゆるゆると解れるのを感じた。 と、子津が出て行ったばかりのドアが、ノックされる。 どうぞ、と一言返すと扉が開いた。 そこから覗いた顔に、少なからず天国は驚く。 「蛇神さん。どうしたんですか、こんな夜中に珍しい」 「すまぬな、かような時刻に。非常識だとは承知していたのだが……」 渋面を作る蛇神に、天国は苦笑して手を振る。 蛇神は真面目な男だ。およそ世間一般で言う常識からはかけ離れた力を持っているというのに、誰よりも常識というものを気にする。 天国がどう考えても人を尋ねるような時間帯ではない時間に蛇神の元を訪れたことなど、数知れないというのに。その度蛇神は文句の一つも言わずに出迎えてくれたというのに。 けれどそういう生真面目さが、蛇神の良い所だとも天国は思っていた。 一見すると頭の堅い人間に見られがちだが、自分の芯をしっかりと持った人だと、それを知っていたからだ。 「いいですって。そういうの、なしって言ったでしょう?」 「うむ。先刻司馬殿が我のもとを訪れてな」 「司馬が?」 「猿野殿が苦しんでいるようだから、訪ねてやってはくれまいか、とな」 「ああ……また、伝わっちまったのか…」 目元を手で押さえ、天国は呻くように呟いた。 苦しいと言うより、悔しかった。 どうしようもない力が。 制御している、とは言っても抑えきれないその力への敗北感にも似た思いが、天国を取り巻いた。 司馬の能力は、感応能力…所謂人の思念を読み取る力だ。 他人に触れるそれだけで、その人物の思考を否応無しに読み取ってしまう。 表面的な物から、その本人が解していないような奥深くまで、すべてを。 最近でこそ能力の制御を上手くできるようになったが、出会ったばかりの頃は押し寄せてくる思念にどうしようもなく苦しんでいた。 そう、司馬は天国が一番最初に出会った、自分以外の能力者なのだ。 そして誰より何より一緒にいる時間が長い。 実の家族、それよりもよほど。 司馬にしても、それは一緒で。 二人の精神的な繋がりは、およそ家族以上だった。 離れた場所にいてさえ、何となく互いの事が分かるほどに。 「俺、司馬に辛い顔させたいんじゃないのに…」 「お主らは、よく似ておるな」 俯いた天国の髪を撫でながら、蛇神が言った。 まっすぐに心に入り込んでくるような言葉に、天国はゆっくり顔を上げる。 蛇神は、そんな天国の頭をぽんぽんと撫でた。 「司馬殿も、我を訪ねた時に今の猿野殿と同じことを言っておった也」 「司馬は、俺に辛い思いさせたりなんかしてないです!」 「それも、同じことを言っていたな」 さもおかしそうに言われた言葉に、天国はどう返せばいいか分からずに眉を寄せて黙り込むしかない。 この人には、叶わない。 蛇神と話をするそのたびに、天国はいつもいつもそれを実感させられた。 蛇神は、未来が見えるのだと言う。 けれど、それだけではないのだとは天国も司馬も薄々感づいていた。 蛇神には、もっと大きな、きっと今の自分達では理解できないような力があるのだと。 それを聞こうという気は、何故だか起きなかった。 「猿野くん、ココア持ってきたっすけど…」 「あ、ああ」 「では、我はこれで失礼する也」 躊躇いがちなノックに、天国は我に返る。 蛇神の側は落ちつくので、時間が経つのをつい忘れがちになるのだ。 天国の顔を覗いて、蛇神は小さく頷く。 天国の顔からは、先ほどまでの焦燥は大分影を潜めていた。 それは蛇神の力でも何でもなく、天国の強さだ。 したたかにしなやかに、生きようとする天国の強さが前を向かせるのだ。 「蛇神さん、俺また…今度は司馬と、一緒にっ」 「ああ、待っている。いつでも来られよ」 「今度は、昼間に行きますから!」 天国のその言葉に、蛇神は笑った。 ドアが開いた向こう側に立っていた子津と蛇神が、二言三言言葉を交わすのが聞こえる。 その音ですら、心地良かった。 「あ、司馬……帰ってきた」 ふ、と感じた波動。 誰よりも何よりも近しい存在。 近付いてくるその気配に、天国は泣き笑いのような表情になる。 なあ、司馬。 俺、未熟でゴメンな。 夢でうなされて、それでお前まで苦しめて。 でも、誰より何よりお前と一緒にいたいよ。 「猿野くん、司馬くんが帰ってきたっすよ!」 「うん、知ってる」 ドアが開いて、子津が教えてくれる。 それに頷きながら、天国は待った。 司馬が、ドアを開けて入ってくるのを。 それに対して、おかえり、と言えるのを。 ドアの軋む音に、天国はふっと口元を緩めた。 END わーお。 またパラレルですけど。 でもこれ、元ネタ非常にわかりやすい。 読んだ事ある人ならすぐ分かっちゃうと思う。 何を隠そう、NIGHT HEADでっす(笑) 何とはなしに読み返したら書きたくなってん。 キャストは霧原直人→天国、霧原直也→司馬、岬老人→蛇神となっております。 子津っちゅにおいてはオリジナル。 ただ、彼は反能力者で。そんで二人の味方だ、という。 天国はサイコキネシスよりパイロキネシスの使い手っぽい感じがいいかな〜、とか。そこまで出てきませんでしたが。 色々趣味丸出しななことを考えてたりもするんですけど。 あ、最初の部分で出てきた青年は何を隠すこともなく屑桐さんです(笑) ARK側は基本的に十二支以外からな感じで。 物語としてはちゃんと書く気力ないけど、こうやって断片断片なら書いてみたいかも、超能力者設定。 という万感の思いを込めて、題名はシリーズ全体を意識してつけたもの。 一人でなら行けない地平も、 二人でなら目指せるから。 ……多分、また書きそう、超能力話。 キャストを変えてもオモシロそうだな。 |