日々徒然ときどきSS、のち散文
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2003/09/25(木)
SS・ミスフルパラレル]吐息に触れることが出来るなら例えこの身が朽ち果てても(芭猿)


 見てよ。
 こっちを向いてくれよ。

 なあ、呼んでんだぜ、俺。

 いつも。
 いつでも。

 声に出さなくても。


 伸ばした手は、ひやりと冷たいガラスに遮られた。




 
吐息に触れることが出来るなら例えこの身が朽ち果てても





「あ〜まくに〜」

「あん? なんだよ芭唐、どした?」

 俺が呼ぶと、天国は読んでいた本から顔を上げた。
 優しげな目、緩く弧を描いた口許。
 俺がガラスにぺたりと手をくっつけると。
 天国はふっと笑んで、俺の手が置かれた場所にそっと触れた。

 ガラスの向こう側にある、天国の指。
 薄い薄い、ガラス。なのにそれはこんなにも深く、遠く、俺と天国の間を隔てていた。
 天国が丁度一抱えできるくらいの大きさのガラス瓶。
 その中が、俺の世界。俺の生きる場所。


 俺は天国に作られた、天国の為だけに存在する、唯一の。


 ホムンクルス。





 天国は、錬金術師見習いだ。
 見習いから、一人前の錬金術師になる為に与えられた課題。
 それが、ホムンクルスの育成である。
 透明なガラス瓶…育成器の中には、瓶と同じく透明な液体。
 それと、一体のホムンクルス。
 ホムンクルスは、何も知らない、幼子と同様の状態で。それを育てあげることが出来れば、晴れて一人前の錬金術師と認められるわけだ。

 一口にホムンクルスの育成と言っても、それは容易な事ではない。
 時としてホムンクルスの親となり師となり、友となり。
 育成器の中だけが世界のすべてのホムンクルスに、言と知識を与え、育てていくのだ。
 成長するにつれ性格も変わるし、知恵もつく。
 一個の生命体を育て上げるのは、生半可な覚悟ではできはしない。


 天国は、ホムンクルスに『芭唐』と名付けた。
 芭唐は天国によく懐き、知識もよく吸収した。
 少しばかり口が悪いが、それすらも天国には楽しいようで。
 天国は芭唐に呼ばれるたび、嬉しげに笑ってみせた。




「なー天国ー?」

「聞いてるって。どうしたんだよ?」

「俺な、ここから出たらぜってー天国よりでかくなるかんな!」

 腰に手を当てて、えへんと胸を張りながら芭唐は言う。
 芭唐の言葉に、天国は曖昧に微笑って首を傾げた。
 そんな天国を瓶の中から見上げながら、芭唐は天国と同じように首を傾げた。
 いつも見ているからか、いつしかうつってしまった癖。
 最近、天国はよくこんな表情をする。
 哀しいのと笑いたいのと、両方が入り混じったような。

 天国が何故そんな表情を見せるのか、芭唐には分からない。
 けれどどうしてだか、天国のそんな表情は見たくない、と思っている自分がいる。
 芭唐は天国をジッと見やりながら、気付かれないように拳を握った。

 天国にこんな表情をさせるのは、イヤだ。
 だから、俺は早くここから出るんだ。
 ここから出て、天国がずっと笑っていられるようにするんだ。
 俺が。

「俺よりでかく、ねえ。そりゃ大変だぞ〜?」

「だーいじょうぶだって。だってホラ俺、優秀だし」

「自分で言うかよ」

「天国が最初に言ってくれたんだぜ? 俺は優秀だって」

「……覚えてるよ、ちゃんと」

 芭唐の諭すような言葉に、天国は苦笑する。
 実際、芭唐はとても優秀だった。
 教えたことは一度で覚えるし、言葉を使いこなすようになるまでもとても早くて。
 天国の師や同輩などは、それは天国の育て方による賜物なのだと褒めてくれたけれど。
 天国は、それは芭唐の持った資質と、自分の教えに応えようと努力してくれた結果だと思っていた。

 からかわれたり、逆にからかったり。
 冗談を言い合って笑い合ったり、内緒の話をしたり。
 芭唐と天国は気の合う友人、と言う言葉が一番しっくりくるような関係を築いていた。
 それは、芭唐が天国を『天国』と名前で呼ぶことからしても見てとれる。
 従来のホムンクルスとその育成者の関係性は、言わば「主人と従者」に近いものがあった。
 それ故か、ホムンクルスは育成者を「マスター」などと呼ぶのが普通で。
 けれど天国は、そうしなかった。
 芭唐に自分を敢えて『天国』と呼ばせ。
 自分とお前は対等な関係なのだと、芭唐が解するまで何度も教え込んだ。

 知恵をつけだしてからの芭唐との生活は、天国にとってとても楽しかった。



 それは、芭唐にも同じで。
 芭唐にとっては、世界は育成器の中と、そこから見える天国の部屋と、天国。
 ただ、それだけだった。
 それだけで、けれど芭唐は満足していた。

「天国は、俺の世界だ」

「芭唐?」

「俺は、この瓶の中で生まれて、天国に教えてもらった。言葉とか、名前とか、世界のこととか」

 一つ、一つ。
 指折り数えていけば、きっと両の指でなんか全然足りない。
 それだけのことを天国は教えてくれた。
 世界の真理から、人間の心のことまで。
 天国は、自分はまだまだ世界のことなんて知らないのだと笑って言うけれど。
 芭唐にとっては、天国は世界だった。
 天国が、世界だった。

 それを、解したその時から。
 芭唐は、瓶の中から出たくてたまらなくなった。
 その理由はただ一つ。
 天国の傍にいたいからだ。

「だから俺、天国の役に立ちたい。天国と、一緒にいてーんだ」

「芭唐……お前……」

 今だって、天国の傍にいる、ということにはなるのだろう。
 それでも、いつしかそれだけでは満足できなくなった。
 ガラス越しでは、何も感じられない。それに気付いてしまったから。
 触れる指のぬくもりも、楽しげに笑うその時の息遣いも、真夜中にふっと洩らす溜め息も。
 その全てに、触れられない。感じられない。

 困惑した表情の天国に、芭唐はにいっと笑ってみせた。

「俺、考えるから。たくさんたくさん、考えっからさ。俺のこと、手放すなよな」

「んーなことするわけねえだろ!」

「知ってる。天国、俺にメロメロだし」

「ば…ッ」

 天国がその時、バカ、と言おうとしたのか。
 それとも芭唐、と呼ぼうとしたのか。
 それは分からなかったけれど。

 呆気に取られたようなその表情は、大層芭唐を満足させた。
 けらけら笑う芭唐に、天国は憮然とした顔を隠そうともせずに読みかけの本を開く。
 拗ねてしまったその行動は、子供っぽいとしか形容できず。
 その横顔から目を離さずに、芭唐は指先でガラスを弾いた。
 カツ、と鈍い音。
 目を細めてそれを見やり、負けるもんかと心に誓う。


 聡明な芭唐には、薄々分かっていたのだ。
 天国が曖昧に微笑うその理由。
 それは、自分がこの中から出ると口にするその度に見られるから。
 ホムンクルスは、この瓶から出られないのだろうと。
 それが分かっているから、けれど告げられずに天国は悩んでいるのだろうと。


 だけど、だけどさ天国。
 俺の存在は、奇跡っしょ?
 そうしたらやっぱり、俺は奇跡を起こせるんだ。

 俺は、そー思う。
 だから、いつか絶対ここから出るんだ。

 ここから出て、俺の手で、天国を感じてーんだ。
 なあ、だからだから。
 曖昧な表情も、真夜中の溜め息も、もういらねーんだってこと。

 ここから出て、抱きしめたいって言ったら。
 やっぱり、笑うかな。
 それとも、顔を赤くするかな。



「あ〜ま〜く〜に〜」


 なあ、聞いて聞いて。


 俺、天国のこと大好きなんだからさ。




 END




……ぅ甘ッ!! びっくらだ。
えー…と。
DCで出てます「メルクリウスプリティ」なる育成ゲームのパロでございます。
またかい(笑)

ホムンクルスちうたら今ジャンプで連載中の話になりそうですが。
このゲームは、↑で書いたように瓶の中でかわいらしい妖精さんを育成していくゲームです。
一年ぐらいほったらかしだったので久々にやってみたら、ネタに走りました(最低)
御柳と天国の立場逆転でも良かったんですが、最初に思い浮かんだのがこのヴァージョンだったので。

ちなみにこの御柳氏は、少年期です。メルクリで言う少女期(見た目的には12〜14ぐらい)っすね。
これの御柳氏は12くらいのつもりで書きました。
精神年齢もそれぐらいで、それに応じて言葉使いも幼く書いてます。

ちうか実際のゲームでも好感度高いとかなりの勢いでホムンクルスにラブラブ光線を送られます、はい。
今回書いたのなんて目じゃないです(笑)
あんまりラブラブ光線出すんで、やっぱり芭唐をホムンクルスに設定して良かったんだと思います。←芭唐をナンだと
ラブは地球を救うぜベイベ(誰)

ていうかこれここに書かないでメモ帳に打ち込んでればそのままUPできたんぢゃ(毎回過ぎる呟きはもーいー)

ごめんなさいもうしません。
と言いたい所ですが楽しいのでやっぱりパラレルは書いてしまうでしょうな。
プランツネタとかな(笑)