日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2003/09/17(水) |
[SS・ミスフル]泡にならない泡沫の恋(屑←猿) |
ほんとうはね。 たいせつなことなんて。 泡にならない泡沫の恋 野球以外での趣味は、と聞かれれば。 おそらく返ってくるのは家事と折り紙、のはず。 「器用っすよね〜」 目の前で。 繊細とは言い難い指先が、器用に薄紅色の折り紙を折っている。 それを見ながら、天国は感嘆したように呟いた。 屑桐は一瞬手を止めそんな天国にちらりと目を向けたが、さして何を言うでもなく続きを折り始める。 「俺、鶴しか折れないし」 机の上に散らばった、色とりどりの折り紙。 天国はその中から一枚、青色の折り紙を手に取ると自分も折り始めた。 先程述べた言葉通り、鶴しか折れない天国が折るのは、やっぱり鶴だ。 天国の周りには、鶴ばかりが転がっていた。 対する屑桐の周りには菖蒲、桜、百合、椿、その他諸々。 たかが折り紙、されど折り紙。 その器用さに天国は正直驚いていた。 折り紙が好きなのだとは、聞いていた。 実際、彼が折ったのであろう紙飛行機も見た事があったから。 その紙飛行機は、随分長く飛んでいて。 そんな場合じゃなかったのに、それに驚いて。 折り方を教えてもらいたいな、などと頭の隅で考えてしまった自分に、一番驚いた。 「屑桐さんは、花が好きなんだ?」 「好きというほどではないが、嫌いではないな」 「だって、花ばっか折ってるじゃん」 「偶々だ」 屑桐の答えは素っ気無い。 始めはそれに辟易していた天国も、段々とそれが屑桐の地なのだと気づき始めていた。 何せ向き合って折り紙をしだしてから、ゆうに三時間は経とうとしていたのだから。 ふと目線をやった窓の外では、未だに雨が降り続いている。 降り始めよりかは小降りになったようだが、今しばらくは止みそうにない。 「夕方くらいには、止むんかなー……」 頬杖をつきながら呟いて、天国は鶴の続きを折り始めた。 そもそも、屑桐の元へ押しかけるように訪れたのは天国だった。 その手には、束になった折り紙。 仕入れ先は、クラスの女子。 何でも体育祭で使った飾りの余りなのだと言う。 何をどう考えてこんなにも買い込んだのかは分からないが、折り紙を見たその時天国の脳裏をよぎったのは屑桐で。 気付いた時には、天国はこう言っていたのだ。 『その折り紙、使わないならもらえねーかな?』 そうして今二人がいるのは、市営の図書館だ。 今日は土曜日。 オマケにテスト期間。 よって部活はない。 沢松からの情報(性格には梅星の仕入れた情報なのだが、それはここでは大きな問題ではない)でそれを知っていた天国は、嬉々として華武校を訪れた。 個性派揃いの野球部員は、例え一人でいようとも目立つ。 屑桐がテスト期間はまっすぐ家へ帰らずに図書館に寄って勉強をしているというのも、沢松から仕入れた情報だった。 天国は屑桐の姿を見つけると、傍へ寄って行って言ったのだ。 『俺に、紙飛行機の作り方教えてくんね?』 その言葉に僅かに屑桐が瞠目し。 珍しいものが見れた、と内心天国が喜んだのは、内緒の話だ。 一瞬の間の後、屑桐があまり時間はやれないが、と了承してくれたことが、凄く凄く嬉しかった、そのことも。 「雨が、降らなきゃなー」 「まだ言ってるのか」 「せっかくよく飛ぶ紙飛行機、って自慢してやれたのに」 「いい加減諦めろ」 呆れたような屑桐の言葉に、天国はへらりと笑う。 諦めと寂しさが入り混じったような表情で。 それを視界の端で見咎めた屑桐は、何を言うでもなく目を眇めた。 降り出した雨のせいで、紙飛行機を飛ばすなんてできなくなって。 傘を持っていなかった天国は、そのまま屑桐の行く予定だった図書館へ雨宿りの為に避難したのだった。 「屑桐さん」 「……なんだ」 「勉強しないでいいんですか?」 「明日はニ教科しかないからな。さして問題はない」 「……さいですか」 さして問題はない、そうですか。 どうして主将という立場にいる人間は得てして文武両道なのだろう。 そういう人間でなければ主将にはなってはいけない、という掟でもあるんだろうか。 ぼんやりそんなことを考えながら、天国は折り終わった鶴を放る。 屑桐は既に新たな折り紙に取りかかっていた。 このまま放っておいたら際限なく折り続けるんだろうか、などと考え、それもあながち間違ってはいなさそうだと思う。 屑桐の視線が折り紙に注がれているのをいいことに、天国はまじまじとその顔を観察する。 どちらかといえばやはり、美形という枠に所属するのだろう顔立ち。 けれど犬飼や牛尾のような派手さはない。 そこにあるのは、どちらかと言えば静かな美麗さだ。 秀麗、というのが相応しいだろうか。 「屑桐さん」 「今度はなんだ」 「キスしたことあります?」 聞いてから、天国はあれ、と首を傾げた。 何を聞いているんだろう、と。 自分でもよく分からなくなっていて。 その言葉に、ぴたりと折る手を止めた屑桐は、殊更ゆっくり顔を上げて天国を見た。 「何を言い出すのかと思えば……」 「いや、なんとなく。気になって」 「過ぎた好奇心は猫をも殺すぞ」 「平気ですよ、俺猫じゃないから」 言ってのける天国に、屑桐は溜め息を吐いた。 けれどその表情に疲れは見られない。 部活で慣れてるんだろーなー、などと他人事のように天国は考えた。 ふ、と。 目の前が翳ったのは、その時だった。 一瞬。 ほんの、一瞬だけ。 何が起こったのか悟ったのは、屑桐の髪が頬を掠めたその感触を感じてからだった。 天国のした質問に対しての、答えがそれだった。 すぐには言葉が出てこない。 呆然としている天国を余所に、屑桐は机の上に乗り出すようにしていた身体を元のように椅子に預けていた。 「――――」 前振りも何もない、けれど一瞬、確かに重なったぬくもり。 根拠もなく体温が低そうだと思っていたのだけれど、触れた唇はちゃんと自分と同じように暖かかった。 触れたのは、唇だけ。 その手は、指は、天国の髪にも頬にも触れはしなかった。 「……屑桐さん?」 「まだ何かあるのか?」 「鶴以外の何か、折り方教えてくれません?」 あくまで何も変わらない屑桐に合わせ、天国も先ほどまでと同じ態度を貫く。 どうしてだか、そうした方がいい気がしたからだ。 幸いと言うべきか、雨の日の図書館に人影はほとんどなく。 二人が使っている机にも、二人以外の利用者はいなかった。 「何が折りたいんだ?」 「……屑桐さんの好きな花」 「向かい合ったままでは教えづらい。横へ来い」 屑桐の言葉に天国は頷き、椅子から立ち上がった。 窓の外では、雨が降り続いている。 濡れた窓ガラスから見る外の景色は、まるで水の中にいるかのようだった。 本当だとか、大切なこととか、そういうのは。 水の中みたいな曖昧なこの世界じゃ、分からないけど。見えないけど。 それでもいい。 俺の、この気持ちは。 たよりなくて、泡みたいに自分でも掴みがたいこの想いは。 どうやら泡とは、消えないみたいだから。 END アンケで頑張ってるみたいなので屑桐さんと天国です。 とか思って仕事から帰ってきてみたらなんか票差が開いてたよ…(笑) 芭猿強し。 好きだからいいけどねっ★ でもこういう話も実は好き。 しっとり系が好きなんだよな〜。 ってか公共の場でキスなんかしないでください。 梅さんにスッパ抜かれますよ、お二人さん(笑) |