日々徒然ときどきSS、のち散文
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2003/07/30(水)
[SS・ミスフル]いちばんさいしょの。(黒豹と猿野)



「……てか、アンタ誰。何」

 牙なんて、誰しもが持っていて当たり前。
 それが大事なもののためなら、尚更。





   
いちばんさいしょの。





「あっれ……子津っちゅー?」

 練習の休憩の合間に訪れた、校舎裏。
 けれどそこにいるはずの姿は見当たらず、天国は首を傾げた。
 辺りを見渡してみるが、やはり子津の姿はない。
 けれど、転がっているボールがあるから、ここに来てはいたようだ。

「っかしーな…水道でも行ったんかな?」

 せっかく凪さんから救急箱借りてきたのに…などと呟きながら、天国はその場にしゃがみ込んだ。
 マネージャーから借りてきた救急箱を足元に置き、その角を指先でなぞる。
 マネージャーの仕事ですから、と言う凪を制し、子津っちゅは俺たちの仲間ですから、と言って半ば無理矢理借りてきた。
 天国のその言葉にはにかむように笑んだ凪は、聖母のように優しげで。
 その笑顔が見られただけでも、幸せだと思えた。

 ……のだけれど。

「なーんでいねーんだよー」

 子津が心配だというのも、本当で。
 少し前。偶然昼休み会った猫湖に、聞かされたのだ。
 子津の様子を。

 子津は、苦しくてもそれを他人に見せたりしない。
 そうやって頑張って、努力して、それでようやく皆と並べると。
 きっと、そう思い込んでいる。

「とっくに、一緒だろーよ……バーカ」

「誰の話しとん?」

「っ、わぁ?!」

「だぁ、危なー…いきなり立ち上がんなや!」

 唐突に振ってきた声に驚き、思わず立ち上がると。
 関西訛りの言葉で、そう返された。
 おそらく、真上から天国を覗き込んでいたのだろう。
 それが、突然立ち上がってきた天国の頭にぶつかりそうになった、と。
 相手の反応と体勢からして、どうやらそういうことらしい。

「あ、ごめん……って、誰?」

「子津ならな、じゃんけんで負けて飲み物調達行っとんで〜」

「子津っちゅのこと知ってんのか?」

「ま、多分な」

 天国の問いにはぐらかすような答え方をして、目の前の男はにやりと笑う。
 その表情が、猫科の動物を思わせた。
 気まぐれで、気位が高い。それでいてさりげなく人の側にいる。
 そんな風な。
 天国は男の風体を上から下まで観察し、怪訝そうに眉を寄せた。
 真面目な子津の知り合いらしからぬ、どこか暗い雰囲気の男だったからだ。

「……てか、アンタ誰。何」

 目を細めながら言った天国は、それまでとがらりと雰囲気が違う。
 言うなれば、隙が消えた、とでも言うべきか。
 その変わりように、男は楽しげに笑った。

「アンタ、あれやろ。猿野天国やろ?」

「俺の質問に答える気がないなら、俺もアンタの質問に答える義理はないだろ」

「俺は黒豹一銭ちうモンや。成り行きやらビジネスやら色々話の流れがあって、今は子津の手伝いさせてもろとる」

「子津ッちゅの…?」

「せや。分かったんなら、恐い顔せんといてぇな?」

「あ、ああ。悪かった。俺、てっきり子津っちゅが絡まれてんのかと思って……」

 ごめん、と天国は頭を下げる。
 正直、驚きだった。
 子津の知り合いだとは思いつきもしなかったのだ。
 天国の態度に男…黒豹は軽い調子で手を振った。

「ええてええて。ま、俺もこのなりやしなぁ。真面目な子津の知り合いやとは思わんやろ〜」

「う……だから、ごめんて」

 顔に出てたよな、やっぱ……
 眉を八の字に寄せながら言えば、黒豹は楽しげに笑いを零した。
 あ、笑った顔がなんか、いい。
 何気に悪い奴じゃないっぽい……かも(て、別に不思議少女のパクりじゃねーぞ?)

 とか何とか考えてると。

「おーい! 休憩終わりだZeー!」

「…げ、マジすか?!」

 顔を覗かせたのは、虎鉄だった。
 珍しいこともあるもんだ、と思うのも束の間、言われた言葉の意味を理解して顔を歪める。
 虎鉄は黒豹の姿を認めて、誰だそりゃ、と言いたげな目を向けてきたが、天国にも答え様がなかったので、黙るしかなかった。

「え…と。すいません、これ子津っちゅに渡してください」

 しゃがみこんで救急箱の蓋を開けると、中からマキロンを一本(多く使うので常時二本用意してあるのだ)と包帯とを取り出した。
 それを黒豹のに半ば無理矢理手渡した。

「子津っちゅ、無理するとこあっから…でも、頑張れって。お願いします」

「モンキーベイベー、早くしろっTe!」

「今行きますってば!!」

「……なんで俺が怒鳴られるんだYo」

「じゃ、また!」

 急かされる言葉に苛立ち気味に返事をして。
 天国はぺこりと頭を下げると、黒豹の返事もまたずに踵を返した。
 そのまま、走り去る。

 子津っちゅなら、大丈夫だ。

 根拠もなく、そう思っていたのが。
 訳もなく後押しされた、そんな気がした。
 少し暗い目だったのが気になって、約束もないのにまた、なんて言葉が零れた。

「なぁ、あれ誰だったんDa?」

「……さぁ?」

 よくは知らない。
 けど、きっと信用できる奴。

 心のうちでそう呟いて。
 天国は、小さく笑った。
 いちばんさいしょ。




 END





「なんや、強引なやっちゃなー……俺、ただ働きなんぞ、ようけ久し振りやわ」

 走り去る背中に向けられた、独り言を。
 その顔に浮かんだ楽しげな表情を。
 天国は、知らないのだけれど。















エセ関西弁は許してください。
子津っちゅ出せなかった……←実は出す予定だったり。