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日々徒然ときどきSS、のち散文
過去の日記カテゴリ別

2003/07/06(日)
[SS・ミスフル]迷彩蝶々(兎と猿)



「あ、蝶だ」

 グラウンドに迷い込んだ、鮮やかな色彩。





   
迷彩蝶々





 炎天下での部活動は、慣れている人間でもやはりキツイ。
 主将の休憩、の声に部全体が息を吐いたのが分かった。
 長くはない休憩時間だが、あるのとないのとでは大きな差だ。
 皆、思い思いの場所へ散っていく。

 木陰へ行く者、水道へ向かう者、部室へ向かう者。
 天国はその中で、水道へ向かう列に混じった。
 暑さと疲労のせいか、皆が口数が少ない。
 並んで順番を待ち、自分の番になると。
 天国はおもむろに水の流れに頭を突っ込んだ。

 ああ、気持ちいー。

 ざざざ、と耳元で流れる水音がする。
 暫くそのままの格好でいた天国だが、いい加減後ろも待ち長いだろうなと判断し、水の流れから頭を抜いた。
 顔を起こすと、ぱたぱたと盛大な勢いで髪から水滴が零れ落ちていく。

「おい猿野、服まで濡れてんぞ?」

「んあー、タオル部室だし。どうせこの後汚れるし。一緒一緒」

「お前アバウトだなぁ」

「気にすんなって。はいよ、お待たせっした」

「おー」

 後ろに並んでいたのは、同じ一年だった。
 苦笑しながら指摘してくるのに、適当に返事を返して。
 ひらひら手を振りながら場所を開けると、彼も疲れていたのだろう、それ以上は何も言わずに水道に向かった。
 天国はそれを何となく横目で見送り、そのまま歩き出した。

 濡れた髪から滴り落ちる雫が、冷たい。
 心地いいのか悪いのか、どこか曖昧な感覚。
 襟の中に入り込んだ雫がつーっと背中を滑り落ちるのは、さすがに少し眉を寄せたが。


「兄ちゃん、タオル持ってないのー?」

「部室ー」

 頭だけ濡れ鼠な格好で、さて残りの休憩時間をどこで過ごそうかと考えているうちに。
 ひょこ、と横合いから自分よりか小さな人影が飛び出してきた。
 兎丸だ。
 その神出鬼没さに慣れている天国は、さして驚きもせずに返答した。


「水浴びしたみたいになってるよー。拭かないの?」

「面倒だし。涼しいし。いーや、このままで」

「兄ちゃんらしいっていうか何て言うか……」

 呆れる兎丸に、僅かに舌を覗かせることで答えて。
 天国は誰もいない木陰へ身を寄せた。
 水滴の滴る今の状況じゃ、寄ってこられるのはあまり嬉しくないだろうと判断して。
 けれどそれに、当然のように兎丸が着いてくる。
 木に凭れて座り込んだ天国の横に、さも当然とばかりに自分もしゃがんだ。

「あっつー……」

「あ、蝶だ」

 見て見て、と言いながら兎丸がグラウンドを指し示す。
 促されるまま示された方向を見やれば、確かにひらひらと蝶が舞っていた。

「アオスジアゲハか」

 黒い羽根の真ん中に、空色の模様が見える。

「へー、兄ちゃんよく知ってるねー!」

「昔、好きだったからな」

「今はキライなの?」

「キライ、でもないけど。好きでもねーな」

 いつもより少しだけ、固い口調。
 好きでもない、と言いながら舞う蝶から逸らされない目線。
 その横顔が。
 どこか辛そうに見えたのは、気のせいか。


「僕は蝶よりもカブトムシとかのが好きだなー。やらなかった? 友達同士で捕まえて決闘させんの」

「意外。お前、TVゲームばっかやってんのかと思ってた」

「しっつれいだな、兄ちゃん。僕ってば結構人気者で大変だったんだよ? 虫捕り名人だったしね♪」

「へーえ」

 ますます意外、と言いたげな表情で天国は頷き。
 それから、いい加減零れ落ちる雫が鬱陶しくなってふるふると頭を振った。
 その仕草が動物が水を振り飛ばすそれに見えて、兎丸は兄ちゃんらしいなあ、と肩を竦める。

「兄ちゃん、タオル借したげる」

「は? いや別にいいって」

「風邪ひいちゃっても知らないよ? それで部活不参加なんてヤでしょ?」

「う」

「僕が使った後だけど、文句言わないでよね」

 そんなに汚れてないから。
 そう付け加えて、兎丸は肩にかけていたタオルを天国の頭に被せた。
 天国は抵抗することなくそれを受け取り。

「……あんがとな」

 ぽつり、聞こえるか聞こえないかギリギリの声音でそう言った。
 どういたしまして♪ の返事は心の中で。
 おそらくは天国は返事をしてもらいたくて言ったのではないだろうから。
 そうこうしているうちに、天国は少しぎこちない手つきで髪を拭き始める。



「……昔な」

「え?」

「昔、田舎の墓場でさ。蝶を見たんだ」

 そろそろ休憩も終わる、という頃。
 未だグラウンドを我が物顔で飛び回る蝶を見ながら、ふと天国が言い出した。
 怪談か何かなのかとも思ったが、その口調と表情を見る限りそうではないらしい。

「田舎って…おじいちゃんとかの?」

「んや。じいちゃんの墓参りだったな、確か」

「ふうん。そんで?」

「そこでな。蝶を見た」

 言いながら天国は被ったままだったタオルをぐい、と引いた。
 重力にしたがって、それは天国の膝の上に落ちる。
 水滴を吸ったそれは、しっとりと濡れていた。
 兎丸は天国の言葉の続きを促すように、ジッと天国の様子を伺っている。

「黒アゲハがさ。朽ち果てた墓石…あれって無縁仏っての? まぁとにかく、それに群がるみたいに飛んでやんの。そういう光景見てさ。それから、なんか蝶が苦手」

「うわ……確かにそれ、子供にしてみれば恐い光景かも」

「だろ?」

「うん、黒アゲハって滅多に見ないしね」

「あの時は、恐かったな〜。なんか、冥府への入り口見た気がした」

 言いながら、天国はへらりと笑う。
 滅多に見ない、黒いアゲハチョウ。
 それが群がる、苔むした墓石。
 異世界への入り口のようで、誘われているようで。
 それから、蝶が苦手になった。

 天国の言葉を聞きながら、兎丸はグラウンドに居る蝶に目を向けた。
 ひらひら、ゆらゆらと。
 踊るように、舞うように、迷うように。

「あ、休憩終わるな」

 主将が出てきたのを見て、天国が立ち上がる。
 それを見た兎丸も、軽く身を起こした。
 これからまた、汗と泥にまみれるのだ。

「これ、洗ってから返した方がいいよな?」

 借りたままだったタオルを、天国は軽く振った。
 それは何時の間にか几帳面に折り畳まれている。
 いつ畳んだんだろう、と思いながら兎丸はそれを掴んだ。

「いいよ別に。面白い話聞かせてもらったから、そのお礼にしてあげる」

「面白い話?」

「蝶が冥府の遣いだってさ」

「……誰がいつんなこと言った」

「似たようなもんじゃんか〜」

「ま、いーけど」

 発想は面白い、などと言いながら天国は兎丸にタオルを返す。
 ふっと笑んだその表情が、いつもより儚げで。
 迷い蝶のせいかな、と兎丸は思う。
 視界の端、未だに蝶は飛び回っていた。
 練習が始まれば、きっといつしか何処かへ消えてしまうのだろうが。


 練習再開の声に、部員たちがぞろぞろとグラウンドに集まり出す。



 それでも、眼の端に焼きついた鮮やかな色は。

 消えないままだった。




◇END◇












ここんとこ毎日書いてますな。
だから更新が以下略。
今日は企画第三段。兎丸くんでございました。
なんかちょこちょこ書いてはいるんだけど、あんまりちゃんと書いてはいなかったなーと。
夏だし、ちょっと怪談めいた要素も取り入れてみようかなと。
見事失敗しましたが。
まぁ雰囲気的に涼しくなっていただければ目論み成功★

いやでも実際小さい頃のトラウマってのは後引きますよ。
そんな金沢は蛾のりんぷんが目に入ったら失明する、と言われてからどうにも蛾が苦手っす。真実が分かってても、恐いもんは恐い。


てーかもう日記に書いたの、書き直す気力ないほど数が溜まってんですけど。
移動させるのも既に面倒なんですけど。
自業自得なんすけどね……
もう加筆なしで移動させちゃおかなー。

そんなこんなでそろそろ天国氏の生誕記念日が近づいてまいりますね。
他キャラはまだしも、天国氏だけは祝いたい。
ってか猿受けサイトになってっからさ、最近すっかり。(なんだと思ってたんだ?)
芭唐さんの誕生日も祝いたい。←言ってろ。

それはともかく、天国誕生日だよ。
どうしよう、何かしようかな。
フリーとか書いてみるか?
いやでもなぁ……
アンケとか取ってみようかな。猿誕生日には間に合わないだろうから、御柳氏に照準合わせて(長いよ)
でも一度くらいやってみたいアンケ。
オモシロそうだからv

そんで今日も4000文字近く書いてんか。
あ、あれ?