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日々徒然ときどきSS、のち散文
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2003/06/12(水)
[SS・ミスフル]蝶のかたはね(芭猿)



 飛べない。

 跳べない。

 翔べない。

 かたはねじゃ、とべない。




    
蝶のかたはね




 ぱらぱらと、雨が降っていた。
 酷い降りではない代わりに、止むこともない雨。
 出かける気など到底起きず、積んである雑誌を適当にめくったり、音楽をかけてみたり。
 それでも、気分は晴れなかった。

 病人のように、くたりとベッドに沈み込む。
 そんなわけないのに、雨の匂いが鼻腔をついた気がして。
 思わずうんざりと、目を閉じていた。


「ちょーダルイ。……ってとこか?」

 頭の上から。
 くくっ、と笑いを含んだ、そんな声が落ちてくる。
 目を開けるのも面倒で、天国は寝転んだ姿勢のまま適当にひらひらと手を振った。

「んー。分かってんなら言うなよ」

「ってかお前、首白っ。マジ運動してなかったー、って感じだなー」

「うるせーなー……」

 実際、大してうるさかったわけではないのだけれど。
 目を閉じているその分だけ音に対して敏感になるのか、普段通りの音量がやけに耳についた。
 駄々をこねる子供のように、手で耳を塞ぐ。
 頭の上の空気が、ムッとしたのが伝わってきた。

「だ、なんだよ、御柳っ」

「白いなーと思って見てるだけー」

「いちいち触るなよ……っもう、だるいつってんだろ!」

 苛立ちも露に言って、御柳の手を振り払ってから。
 天国は気付かれないように溜め息を吐いた。
 頭上の空気が、ムッとしたを通り越して冷たくなったのを感じたから。

 ああ、また面倒なことになるかもしんねー。
 そう思った矢先に、伸びてきた腕に首を掴まれた。
 本気では勿論ないだろうけれど、少し息が詰まる、それぐらいの力で。
 さしもの天国も驚いて目を開ける。
 目の前には、御柳の顔。
 ベッドの傍らに立って、天国を覗き込むように見を屈めている。
 天国の驚嘆を目にした御柳は、にやりと口元に笑みを浮かべて、ようやく手を離した。

 天国はほっとしたように息を吐き、首元を手で擦った。
 何をされるでもなくとも、首筋に触れられるのはあまり心地良いことではない。
 自己防衛本能、とでも言うのだろうか。
 何度か擦っていると、摩擦のせいで手のひらが熱くなって。
 天国はぱたりと、腕を投げ出した。

「俺、お前の手って好きだな」

「また脈絡のないことを言い出しやがって……」

「いや、今見ててふっと思い出してさ」

「ふーん……」


 曖昧に返事をする天国に苦笑し、御柳は天国の横に腰を下ろした。
 きしり、とベッドが揺れて音をたてる。
 軋んだ音。
 それがやけに大きく聞こえた。

 ぽふ、と音がして。
 隣りを見れば、御柳が天国と同じようにベッドに身を投げ出していた。
 目が合えば、ふっと笑う。

 その笑顔に、笑い返すことはできなかった。
 なんだか、あまりに無防備な笑い方をされて。
 まっすぐに、心を預けられたような。
 そんな気がして。

 何より、驚いたのだ。
 御柳が、あんな子供みたいな笑い方をすることに。
 ましてそれを向けられたのは、自分だということに。


 呆けている天国に、御柳は苦笑する。
 武骨とは一言では言い難い、けれど決して繊細とも言えない、しっかりした作りの手が伸ばされる。
 ぺち、と額を叩かれ。
 天国は思わず目を閉じていた。

「呆けてんなよ。俺のが恥ずかしくなるっしょ」

「うん……なんか、ちょっと」

「マジだるそだな。平気か?」

 手のひらが、頬をなぞる。
 ゆるゆると顔のラインを辿って、額にかかる髪をそっとかき上げた。
 柔らかくなんてないはずの手のひらが、それでも優しい。
 気持ちいい。

 ああ、俺もお前の手、好きだよ。
 言おうとして、やめた。
 声が出てこなかったのと、気恥ずかしいのと。
 もう一つは、言ったら絶対調子に乗るだろうと思ったから。


「こういう日って、眠くなる」

 ぽつりと言って、目を開ける。
 視界に飛び込んできたのは、御柳の手のひらと、その端に見える薄汚れた天井。
 天国は何とはなしに額に触れる御柳の手を掴んで。
 その手を口元に持っていくと、そっと唇を押し当てた。

 一瞬。
 ぴくりと、指先が震えた。
 それがなんだかおかしくて、天国は御柳の手を掴んだまま笑みを零した。
 してやったり、な気分だった。
 いつもとは立場が逆。
 そんなことを考えていたら。

「今日は立場が逆転してんな」

「ああ……そうだな」

 思考を読まれたかと思った。
 驚きは表情には出なかったらしいが。
 さりげなく、何でもないことのように。
 人の事を喜ばせたり、驚かせたりする。
 何が出てくるか分からないビックリ箱みたいだ。

 天国は内心で御柳の事をそう評する。
 御柳がそれを聞いていたら、それはお前のことだろうと間髪入れずに返してきただろうけれど。

「っつかお前、そういう顔なんかすっげ色っぽい」

「……ヘンタイ」

「お前に関しちゃそーなんの」

 思いっきり嫌そうな顔をして言ってやったのにも関わらず。
 御柳は悪びれることなく、むしろどこか誇ったようにそう言い切った。
 よく臆面もなくそんなこと言えるよなー。
 思いはするが、悪い気はしないのも本当で。

「お前に触ってんの、好きかも」

「……誘ってるわけ?」

「そこから離れらんねーのか、お前」

「いや、何となく……」

 言ってみただけだ、と言った御柳が小さく舌を出したのは、気のせいじゃない。
 視界の端でそれを確認した天国は、呆れたように息を吐いた。

「だってホラ、俺たちって未完成じゃん?」

「未完成?」

「そ。生まれつき欠陥してんだよ。それを埋める為に、人は誰かを好きになったり愛したりするんだってさ。だから、好きな人と触れ合ってっと安心すんだ」

「……どっから出てきたんだ、そりゃ」

「昔何かで読んだ」

 何とも言えない表情になった御柳に、天国は予想した通りだ、と口元を緩める。

 束縛するのもされるのも、キライだろ?
 それでいて、甘えたがりで。
 なぁ、知ってっか?
 俺とお前って。
 本質的に似てんだよ。
 一見すると正反対に見えるだろうけど。

「そんじゃ、お前は俺の片羽根になんのか」

「かたはね?」

「お前が今言ったのと同じよーな話。細かいトコは忘れたけど」

「半分ずつ、か」

「そ。片方しかねーから、揃わねーと飛べねんだって」

 興味なさげに言った御柳の手が、ふっと天国の唇に降りた。
 そのまま、指先が唇の形をなぞる。
 天国はしばらくされるがままで御柳の言葉を反芻していたが。


「そんな、大層なもんじゃなくていいよ」

「あん?」

「俺は、お前といれりゃいい。こーやって」

 大仰な理由なんかいらない。
 理由も理屈も、触れる腕の熱の前には、全部溶かされるから。
 そんなん、お前がよく知ってんだろ。

 唇の端を吊り上げて、天国は御柳の指先に舌を這わす。
 軽く、触れるように、戯れるように。
 その光景を見ていた御柳は、ふっと笑んだ。

「上等」

 一言だけ返されて、くしゃりと髪を撫でられる。
 掴まれた腕の熱さは、何だかんだ言っても心地良いもので。
 天国は、その熱さに一瞬眉を寄せて、けれど目を伏せた。

 俺たちは、不完全だから。
 こうやって、奪うみたいにお互いへの距離を踏み越えるしかない。
 かたはねじゃダメなんだ。
 それじゃ、飛べないから。
 飛ぶだけじゃ、欲しい物には届かないから。

 だから、俺たちは歩くんだ。
 不器用に、強かに。






 支えたいわけでも、

 支えて欲しいわけでも、

 ない。

 ただ、一緒にいたいんだ。






  END







ふひ〜。
なんだか久々…? な気がする日記小話。
モロ星人(@通話シチョーリツ)によると今日は「恋人の日」だそうで。
雨も降っててだるいし、何か書けないかな〜。
とぼけっと考えていたらばこんな話ができあがりました。

まさしく突発。
のわりにまぁ自分的にはそこそこ。
タイトルはストックにあったやつ。
なんか響きが好き。
未完成、みたいな感じがするから。
甘える御柳が好きです(笑)
それを面倒くさがる天国もね。

日常会話って好きだー。
他愛ないからこそ本音が出るもん。

ってかまたここに書いてるけどさ。
いい加減にしろよ自分。さっさとNOVEL部屋に移動させろ。
移動もさせてないのにこっちに書いてばっかです。ダメダメです。

静かにラヴな話でした。
ってか甘いかな、この話……自分じゃようけ分からん。