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日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2003/05/05(月) |
[SS・ミスフル]空飛ぶうさぎ(馬猿) |
「ウサギは昔、空を飛んでたんだってさ」 唐突にそんな事を言い放った天国が見ていたのは、雑誌の1ページだった。 緑の草原に、ウサギが一羽、ぽつんと立っている。 後ろ足で立ち上がり、空を見上げた写真。 天国は指先でその写真の空を撫でた。 丁度天国の背中合わせになる位置でその言葉を聞いていた司馬は、肩越しに天国の膝の上の雑誌を覗き込んだ。 天国は司馬の顔を一瞬見やり、ふっと笑んだ。 「耳が、翼みたいになって。空、飛んでたんだってさ」 ウサギの耳が長いのは、その名残。 よく跳ねるのも、その名残。 言うと、司馬はそうなんだ、とでも言いたげに天国の膝の上、写真の中のウサギを指先で撫でた。 長い指が、紙の上を滑っていく。 その指が、空を、指した。 「うん。空を、飛んでたってさ。ま、俗説だろうけどさ。俺は結構好きだな」 長い耳で、空を跳ねるウサギたち。 それはどんな光景だったのだろう。 大空を、風を切るために使っていた耳は、いつしか役割を変え。 身を守る牙も爪もないウサギは、その聴覚を発達させることで生き残る術を得た。 けれど、それは。 本意だったのだろうか。 ウサギは、今でも。 あの空に還りたいと。 そう望んでいるのでは、ないだろうか。 写真の中で、ウサギは空に憧憬の目を向けているようにも、 還れない空に少しばかりの恨みを抱いているようにも、見えた。 雑誌の中の空に触れていた司馬の指が、ふっと離れる。 そのまま、司馬の指は天国の手の甲に舞い降りた。 あたたかい指。 天国はその感触にふっと笑む。 司馬は、天国が笑ったのを見て天国の手をぎゅっと握った。 「ん? ああ、うん。ウサギはさ、きっと今でも空に還りたいと思ってんじゃないかなって。そう思ってた」 だって、牙も爪もない。 ウサギは、自分の身を守るのに逃げるしかない。 なんかもっと色々調べればそれだけじゃないって分かるんだろうけど、別に俺はそこまでウサギ愛好家なわけじゃないし。 イメージの問題だろ、こういうのって。 暫く写真を見ていた天国だが、ふと司馬が天国の手をぽんぽんと叩いた。 天国はそれに首傾げる。 「俺の方が飛びたそうだって?」 聞けば、司馬はこくりと頷き。 その表情が真剣だったから、天国は思わず吹き出していた。 「んな、心配そうな顔すんなって。俺はどこにも行かねーから」 俺が思ってるのは、ウサギが空に還りたいんじゃないかなって。 それだけだよ。 言えば、司馬は少し困ったように眉を寄せて天国の頬に触れた。 スポーツをしている人間に相応しく、少し固い指。 自分ももう少しすれば、こんな風になるのだろうか。 天国は衝動的に司馬の手を掴むと、その指先に唇を寄せていた。 驚いたのか、その指先は一瞬ぴくりと震えたが。 司馬はされるがままになっていた。 吐息と、柔らかな唇とが、ゆっくりと指の先から手の甲へ伝って行く。 「なあ司馬、一緒に寝たら、空飛ぶ夢が見れっかな」 返事の変わりに、抱き寄せられた。 ああ、やっぱり。 司馬の腕の中は、空の匂いがする。 空の匂いがどんなのかなんて、俺は知らないけど。 でもきっと、こんな風だ。 ◆END◆ なんとなく馬猿。 まったくもって子供の日に関係ないのは、スルーの方向性でお願いします(爆) |