日々徒然ときどきSS、のち散文
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2003/03/31(月)
SS・ミスフルパラレル]パラレル・ライフ。


 パラレル・ライフ。
    〜たとえばどこかの世界であったかもしれない話。〜




  『それは、誓いの』


 宿の部屋に帰ってきた子津の視界に飛び込んできた光景は、窓枠に凭れかかって眠っている天国の姿だった。
 窓枠に肘を掛けその腕に頭を乗せ、くーくーと寝息を立てている。
 開け放たれたままの窓から入ってくる風はそう冷たくはないものの、子津は苦笑した。
「猿野君、風邪ひいちゃうっすよ……」
 多分、窓から外を眺めているうちに寝入ってしまったのだろう。
 子津は抱えていた紙袋をテーブルの上に置き、天国に毛布か何かをかけようと部屋の中を見渡した。

「ん、子津、っちゅ……??」

「ああ、起こしちゃったっすか?」
 物音に気付いたのか、天国が眠たげな目で頭を起こす。
 天国は子津の言葉にふるふると首を振り、眠たげな表情でこしこしと目元を擦った。
 それからふあ、と欠伸を一つ。

 子供のような天国の仕草に、子津はふっと微笑する。
 自分と同じ年のはずの天国なのだが。
 時折ハッとさせられるような言動をしたかと思えば、今のように年下の弟の面倒でも見ているような気分にさせられたりもする。
 そんなギャップがあったから、自分は天国と一緒に行こうと思えたのかもしれない。


「猿野君、随分早かったんっすね?」
 天国以外のメンバーの姿は見当たらない。
 皆、買い物やら何やらでまだ帰っていないのだろう。
 天国は窓を閉めて立ちあがると、子津の置いた紙袋の中身を覗き込んでいる。
「だって俺行かなかったし」
「へ? 具合でも悪かったんすか?」
「んや、コレ磨いてただけ〜」
 コレ、と言いながら天国がテーブルの上に置いたのは。
 天国がいつも持ち歩いている、短剣だった。

「そういや猿野君、この短剣大事にしてるっすよね」
 天国が普段愛用しているのは、ここに置いてある短剣とは別の剣だ。
 天国の職業は『魔法剣士』なので、短剣は滅多な事では使わない。全く使わないわけではないが、長剣があるならそちらを使った方が攻撃力や命中力がいいので、短剣を好んで持つ剣士はあまりいない。
 それでも天国は、いっそ頑ななほどこの短剣を手放そうとはしなかった。
 その執着ぶりは、世界に一つしかない貴重な宝と引き換えにしても手放さないだろうと思われるほど。
 そういえば、子津と天国が初めて会った時には既に、天国はこの短剣を身に着けていた。

「んー、これってさ、俺の誓いだから」
 まだ眠そうな目をしながら、天国は剣の柄の部分を指先で撫でて微笑する。
「誓い…っすか?」
「おー。そういやさっき寝てる時、アイツの夢見てたんだっけな……」
 言いながら、天国はまた欠伸を一つ。
 その時に浮かんだ涙を指先で拭いながら、天国は背後にあるベッドに腰掛けた。
「アイツ?」
「おう。俺の幼馴染み。只今ちょー一流の武器職人…っつか刀鍛冶目指して何処の果ての地で修行中」
 なんだか微妙な言い回しだが、とにかく幼馴染みに関係しているらしい。
「思い出の品なんっすね」
「んん、そういうわけだ。アイツが打った、最初と最後……」

 うわ言のような口調で言いながら、天国はまた欠伸をする。
 それから、天国は背後に倒れ込んだ。
 ぽふん、と音がして柔らかい感触。
 ああ、なんでだろう。
 なんだか凄く、眠い。

「猿野君、眠いなら寝ていいっすよ? 僕はこの後どこも行く予定ないっすから」
 天国の様子に子津は苦笑し、そう言い放つ。
「ごめ……、後で、話の続き……」
 瞼が落ちる。
 意識がふわっと遠のいていく。
 眠りに落ちる瞬間の感覚が、天国は好きだった。
「……するかも……」
「どっちっすか……」

 曖昧な言葉に、子津は力なく突っ込み。
 くーくーと寝息を立て始めた天国に、毛布をかけてやったのだった。



END