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日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2002/12/11(水) |
[SS・ミスフル]一緒にいたいから。(馬猿) |
「泊まりにきちったv」 帽子やコートの雪をぱたぱたと払いながら。 玄関先で、天国はへへ、と笑んだのだった。 寒さのせいで、その頬も鼻の頭も、赤くなっていた。 一緒にいたいから 「あ〜、司馬んちあったけえ〜」 帽子、マフラー、手袋、と防寒具を脱ぎ捨てながら、天国はほうっと息を吐く。 コートを脱いだところで、横合いから伸びてきた手がそれを持って行った。 「あ、サンキュな」 司馬がコートをハンガーにかけエアコンの近くに吊るしたのを見て、天国は礼の言葉を口にする。 その言葉を聞いた司馬は、気にしないで、と軽く首を振った。 司馬は、気が利く。 そのさりげない優しさが、天国が司馬を気に入った最初の理由だった。 無口だし、濃いグラスで目が見えないせいで何を考えているか分からないし、耳元を塞ぐヘッドフォンは他人を拒絶しているように思えるし。 けれど、それを差し引いても充分なほど、司馬はいいヤツだ。 人間的に良い奴なら、外見はそう問題にはならない。 と、天国は思っている。 人は外見に左右されやすいものだし、万人が自分のような考えをするとは思っていない。 けれど、自分は司馬は良い奴だと思うし、だから付き合う。 そう決めた。 決めてからの天国の行動は早かった。 昼食に誘う、一緒に帰る、休みの日に遊びに連れ出す… 思いつく限りの「お友達になりましょ♪ 大作戦(天国命名)」を実行した。 その甲斐あってか、初めは戸惑いがちだった司馬も段々天国と時間を過ごすのに慣れて。 司馬が一人暮しなのを知ったのは、そんな折。 勿論天国は、司馬家に押しかけた。 お菓子やらゲームやら、司馬が外食もしくは店屋物が多いのだと知ると、食材を持ってきたりなんかして。 天国も司馬も料理とはほぼ無縁の生活を送ってきたため、最初こそ四苦八苦したが。二人で何とか、食べられる物を作り上げることに成功した。 それからどうやら料理にはまってしまたらしい天国は事あるごとに司馬家に食材を持ってきた。二人で台所に立つ、というのが天国が訪れた時の日課になってしまったりして。 おかげで天国と司馬は、何気に料理が得意な高校生、になってしまった。 まぁ困るようなことではないし、むしろ役に立つことなので司馬はそんな天国の行動を止めるでもなく受け入れている。 そんな天国は、今日も片手にビニール袋を下げていた。 「今日の土産〜」 言いながら天国はがさがさと音を立てながら袋の中を漁る。 「きょ〜ぉは寒いので〜え、あんまり凝った物は持ってきてないんだな〜」 歌うような口調で言いながら天国が出したのは、牛乳、ホットケーキミックス、あとそれと、ココアの素。 「……嘘。この時間じゃコンビニしか空いてなくて、こんなんしか買えなかっただけなんだよな。ホットケーキは明日の朝な? 今は、ココア飲もうぜ」 こんな時間じゃ胃に悪いから、と天国が指し示した時計は。 午前1:40を示す所だった。 「ふ〜、あったけえ。やっぱ寒い夜はココアだよなっ」 ココアの注がれたマグカップを両手で持ちつつ、天国はへらりと笑う。 子供のような物言いと笑顔に、司馬はふっと口元を緩めた。 「なぁんだよ、何笑ってんだっ?」 言え、言ってみろ、と天国は司馬にずずいっと迫ってくる。 司馬は困ったように苦笑しながら、ふるふると首を振るだけだ。 そうしてしばらく司馬に絡んでいた天国だが、飽きたのかぱたっとそれを止めた。 「ま、いいや。ココア冷めるし」 呟いて天国はココアに意識を向ける。 猫舌の司馬は元より冷めるのを待つため、マグカップはテーブルの上に置いたままだ。 「まだ雪降ってるな〜」 窓の外に目を向けた天国は、ふとそう口にする。 小雨だったのが雪に変わったのは、深夜過ぎ。 それを確認した瞬間、天国は財布片手に家を飛び出していた。 司馬に会わなきゃ。 何故か、そう思って。 途中立ち寄ったコンビニには、いつもならまだ誰かしらいてもおかしくない時間なのに誰もいなかった。 傘も持たずに飛び出してきた天国は雪まみれで。店員が、そんな自分に奇異に近い視線を向けてきていたのを覚えている。 帽子を目深に被っていたせいで頭はそう濡れなかったから、風邪の心配はない。……と、思う。 寒気もしないし、司馬がさりげなく室内温度を上げてくれたのを、天国は知っていたから。 「やっぱ司馬は優しいよな」 言って、天国は手の中のココアに息を吹きかけた。 白い湯気が、天国の吐息でゆらゆらと揺れ、分散して、消えた。 その言葉に、司馬は窓の外に向けていた目を天国に向ける。 ひたり、と音がしそうな真摯な眼差し。 グラス越しでも、何故だかそれがハッキリ分かった。 「どうしてって? だって、そうじゃん。普通こんな真夜中に押しかけられたら文句の一つも言うもんだぜ?」 司馬が、僅かに首を傾げた。 その仕草に、自分の言葉になぜだか切なさが込み上げてきて。天国は司馬から顔を隠すように俯きながら、ココアにふうふうと息を吹きかけ続けた。 そんな天国の頭に、ふわ、と何かが触れる感触。 驚いて顔を上げると、司馬が天国の頭を撫でていて。 野球をしている割には繊細な印象の司馬の指が、天国の髪をそっと絡ませ。 それから、その指はおずおずと、けれどとてもとても優しく、天国も目元に、添えられた。 「し、ば?」 反射的に目を伏せた天国が搾り出した声は、情けないぐらい震えて掠れ気味だった。 いたたまれない。 どうして、こんな時に、こんな声しか。 雪の降る音が、聞こえればいいのに。 せめて今降っているのが、雨なら。 雨音に嗚咽がかき消されるから、泣ける気がするのに。 外は、残酷に無慈悲に降り注ぐ、汚れなき雪の結晶。 深々と降り注ぐその音が、聞こえる気がするのは。 俺の耳が、おかしくなったからだろうか。 どうして俺は、こんな気分なんだろう。 どうして、泣きたくなったんだろう。 伏せられた瞼を指先でそっと撫で、司馬は名残惜しげに天国に触れていた手を離した。 ゆっくり、ゆっくり天国の目が開かれる。 潤んだその目に、司馬は困ったように眉を寄せた。 「違う。違うぞ、司馬。別に、イヤだったわけじゃねーから」 だから心配すんな。 ふるふる、と司馬は首を振る。 「司馬?」 ふるふるふる、と司馬はただ首を振る。 司馬の言いたいことが分からず、今度は天国が困ったように眉を寄せた。 それから天国はふっと息を吐く。 意図せず溜め息のようになってしまったそれに、司馬が今度は哀しげな表情になってしまった。 「ああ、違う違う、司馬。怒ってないし、呆れてもないって」 言って、天国は持っていたマグカップをテーブルの上に置いた。 そうしてから、空いた右手を司馬に差し出す。 右手のひらを司馬に向けて、何かをねだる子供のように。 司馬はそんな天国と、差し出された手のひらを見比べて首を傾げる。 天国はニッと笑んだ。 「書け。お前の言葉。こうすれば聞こえるから」 天国の言葉に、司馬の表情が明るくなる。 司馬は左手で天国の手を支え。 右手の人差し指が、とん、と。 天国の手のひらに、舞い降りた。 降れた指先は、暖かかった。 ああ、そういやこんな遊びしたよな、とふと思い出した。 背中やら手のひらやらに指文字を書いて。 今何を書いたか、を当てる遊び。 人数が多い時は、それで伝言ゲームをしたりした。 手のひらに綴られる文字を、天国は声に出して読み上げる。 「し、ん……心配は、する。俺、は、さ、る、…猿野のこと、大事、だ、か、ら」 そこまで書いてから、司馬は顔を上げる。 ストレートな、まるで告白にも似た言葉に天国は頬が紅潮するのを感じた。 向けられる視線が、触れている手が、指先が熱いくらい。 咄嗟に言葉が出てこなくて、目線だけで続きは、と促した。 司馬は小さく頷き、天国の手のひらに指を滑らせる。 「オ、レ、は……優し、いんじゃ、なくて…?」 そこで一瞬、司馬の指が止まった気がした。 けれどすぐにまた動き出し、天国はそれが気のせいかと首を傾げる。 「猿、野が、来……て、くれ、る、のが、嬉しい、だけ」 そこまで書き終えると、司馬は天国の手を離した。 天国はふっと笑うと、司馬の肩を拳で軽く小突く。 「バッカ、そういうのが、優しいって言うんじゃんか」 天国の言葉に、司馬はなおも首を横に振る。 そんな司馬に天国は苦笑し。 「謙遜すんなよ。俺、お前のそういう優しさ、好きなんだからさ」 「………っ」 「司馬?」 司馬が一瞬、何か言いたげに、もどかしげに口を開いた。 けれど言葉は洩れずに、息を吐く音がしただけで。 司馬は、いささか乱暴に天国の手を掴んだ。 「何だ? どうし……俺は、りよう…利用してるだけ? 何をだよ」 不穏な単語に、天国は訝しげな表情になる。 何より、司馬が。 司馬の苦しげな表情が、気になった。 「さるの、が、来てく、れるのが……嬉、しいから……コレはさっきも聞いたって」 天国が言うと、司馬はまだあるんだ、とばかりに掴んでいる手に力を込める。 「俺、は……猿野と一、緒にい…るのが? 心地良い、から、だから」 天国は、司馬の手が震えているのに気づいた。 かたかたと、寒さに凍えるその時のように。司馬は、震えていた。 暖房の効いているこの部屋で凍えるわけがない。 心的理由で震えているのだ、司馬は。 そのことに気付いた天国は、自身も苦しげに眉を寄せた。 傍でこんなにも苦しむ人がいるのに。 どうして自分は、見ているだけなのだろう。 どうして、なにも出来ないのだろう。 「猿野が、嫌が、ること……をしなけ、れ、ば、嫌……われるようなこと、をし、なければ、何も言、わなくても、猿野、が……来てく、れ、ると思っ、たから、だから」 そこで、司馬の指が止まった。 真一文字に引き結ばれた唇が、何より苦しさを物語っていた。 「だから……何も言わなかったのか?」 静かな声音で問うと、司馬は小さく頷き、けれどすぐに首を振った。 「? どういう……?」 意味が分からずにいると、再度司馬の指が天国の手のひらを滑った。 「一緒……に、いたい、なら……俺が、ちゃ、んと言わな、きゃ、いけ、なかった……のに。さ、るのが…………」 「好き、だ、か……ら」 「喋ったっ??!!」 耳元にふっとかけられた吐息。 鼓膜を揺らした音。 それらが意味することに、天国は目を見開いた。 天国の反応に、見る間に司馬の顔が赤くなる。 「うわ……司馬の声聞けちったよ俺……もしかしなくてもすっげ貴重じゃん」 まじまじと目の前の、茹蛸のように赤くなった司馬を見つめつつ天国は感慨に耽る。 ……と。 「…って好きって??!!」 司馬が喋った、それだけに意識が行っていた天国は、その言葉の内容を理解するのが数瞬遅れた。 思わず聞き返すと、司馬は天国を指差し、こくんと頷く。 「俺を? 司馬が?」 「……ん」 うん、と本人は言いたかったのだろう。が、失敗したらしく洩れたのはなんだかぶっきらぼうにもとれる声だけ。 けれど今度は言葉の内容に気が取られている天国は、それに反応できずに。 「え、うと、ええと……」 今度は天国が、司馬に負けず劣らずの赤面具合を発揮した。 熱くなってしまった頬を押さえつつ、天国は司馬を凝視していることが恥ずかしくなってきて思わず俯いてしまう。 「あの、それってさ、それってよ? 告白って、意味で? 恋愛感情で?」 「う、ん……」 「うわ、ちょ、待……顔、マジあっついんだけどさ」 大して風など送れないだろうに、ぱたぱたと手で顔を扇ぎつつ天国はぷるぷるっと首を振った。 なんだかすっかり混乱してしまったらしい天国を前に、司馬はどうしたらいいか分からないらしく。 声をかけることもかといって触れることも出来ずにおろおろと天国を見守ることしかできなかった。 「ええと、あ、のさ」 しばらく経ってようやく落ち着きを取り戻してきた天国が、司馬に向き直った。 司馬は何となく居住まいを正してしまう。 「あの、ありがと……な。取り乱して、ごめん」 ぺこり、と頭を下げた天国に、司馬は慌てたように首を振る。 そんなことない、とでも言う感じだろう。 「誰かに告白されたのなんて幼稚園以来でさ、かなりビックリしちまった」 そう言って肩を竦めると、天国は改めて司馬に向き直り。 「返事、だけどさ。俺、正直言ってよく分かんねーんだわ、こういうの」 天国が居心地悪そうな表情で口にした言葉に、司馬はサングラスの奥の目を僅かに見開いた。 天国の言葉の意味を、図りかねて。 「うんとな、好きとか、付き合うとか、そういうの。よく、分かんねーんだよ、俺」 苦笑して、天国はかしかしと頭をかいた。 「おかしいよな、普段あれだけ凪さんだ何だのって言っててさ」 「……な、こと、ないよ」 声を振り絞り、司馬は首を振る。 天国はそれを見て、ふっと笑んだ。 「あんがとな。まあ、だからさ。今すぐには返事、できねーや」 「いい、よ。それで」 「ゴメン。自分でもズルイこと言ってるって分かってっけど、お前が嫌じゃなけりゃ、猶予期間、くれねえ?」 猶予期間、という言葉に司馬は首を傾げる。 天国は手を伸ばすと、司馬の手の甲に自分の手を重ねて。 「俺、お前のこと好きか嫌いかっつったら、やっぱ好きだ。けど、それが恋愛感情かって聞かれたら、分かんねー。でも、司馬と一緒にいるのは好きだし、安心するし、一緒にいたいって思うから」 「あ、ありがと、う」 告白もかくや、の天国の言葉に司馬は赤面しつつそう口にする。 「だから、猶予期間くれ。俺が、俺の気持ちにちゃんと答え出す時間。その間、誘惑も可だから・さ」 「ゆ、誘惑って…??!」 「俺が、お前のこと好きになるようなこと。していいってことだ!」 これだとお前にも有益だろ、といたずらっぽくウインクの一つもしてみたりして。 驚いているらしく、司馬は顔を赤くしたまま俯いてしまう。 そんな司馬を見て、天国は楽しげに笑い。 「自信持てよ、司馬。俺だって、お前と一緒にいたいんだからな」 優しさが時として泣きたいぐらい切なく感じられた、その理由は。 本当はきっとずっと前から分かっていた。 それでも素直に認められないのは。 「俺、お前が思ってるより多分ずーっと意地悪いぞ? せいぜい苦労してみ?」 追われるその楽しさを、知ってるから。 隠された素顔を暴きたいと、そう思ったんだ、きっと。 手始めは、声から。 俺が仕掛けたこと、お前は知らないんだろうけど。 未だ混乱しているらしい司馬は、天国の笑い声に首を傾げて。 「司馬、しーばってよ」 呼ばれる声に顔を上げると、天国はテーブルの上からマグカップを取り、司馬に差し出してきていた。 「ほい、ココア。もーいい加減飲めるだろ」 「………?」 けれど、司馬はそれを受け取らず首を傾げる。 差し出されたそれは、天国が先ほどまで息を吹きかけていたそれだったので。 「いーんだよ、お前猫舌だろ? 冷めなきゃ飲めないくせに、ここに置いてるだけなんだもんよ。そんなんじゃいつまでたっても飲めないじゃんか」 俺はお前の為に冷ましてやってたの、とぶっきらぼうに言う天国の頬が、見間違いではなく赤くなっている。 「ありが、とう」 言いながら差し出されたカップを受け取ると、天国は笑顔になって。 「お前、綺麗な声してんのな。聞けて嬉しいわ、俺」 途端に司馬は、またも赤面して俯いてしまう。 あ〜あ、こんなんで俺、落とせんのかね? でもまぁ、いいか。やる時ゃやるだろ、司馬だし。 根拠もなくそんなことを考えながら、天国は自分もカップを手に取った。 「甘い……」 口内に広がる甘さは、けれど甘すぎることもなく心地良い。 外は、雪。 音もなく深々と、今も静かに降り積もる。 その寒さが届かないのは、暖かな部屋にいるせいだけではなく。 寒い日は、誰かと一緒にいたくなるもんじゃん。 殊更、大事なひとと。……好きな、ひとと。 ……気付けよな、早く。 END SSじゃねええ!! 7000文字越えてるがな! いやあもう、ノリノリになってしまった自分にビックリです。 えっと、埼玉初雪記念でした。 あ〜寒い寒い。 |