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日々徒然ときどきSS、のち散文
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2002/08/03(土)
[SS・ミスフル]その指先は世界に鮮やかな色彩を生んで(馬猿)



しなやかに

 けれど優雅に

 時には力強く

 様々な表情を見せるその指先が

 本人に似て

 とてもキレイだと

 そう、思った



   
その指先は世界に鮮やかな色彩を生んで



 猿野がピアノが得意だなんてことを知ってるのは、この学校内じゃほんの一握りの人間だけだ。
 かくいう俺も、知ったのはつい最近のことだったりする。
 ひょんなことから音楽の話で盛り上がって。
 それまではただの同じ部活のチームメイト、でしかなかった俺と猿野の関係は一気に親しいものになった。

「しーばっ、今日昼休み一緒しよーぜ〜v」
 部活が終わった後、猿野がこう声をかけてきた。
 けどこれは、実は合図だったりする。

 "昼休み、音楽室付き合えよ?"

 にっこり笑った笑顔とご機嫌そうな言葉の裏に隠されているのは、否定の許されない問いかけ。
 けどその申し出を俺が断るはずもなく。
 俺はこくりと、頷いた。



 そうして今に至る、というわけだ。
 俺の目の前では、音楽室のグランドピアノを奏でる猿野の姿。
 俺が猿野のこの意外な特技(って言うのかな?)を知るまでは、ここに座ってたのは猿野の親友だったらしい。
 でも、今は俺。
 猿野のこんな姿を知ってるのも、野球部内じゃ俺だけ。
 ……こんなんで優越感感じるなんて、俺も大概単純みたいだ。

 猿野がどうして音楽室に一人で来ないのかって、それには理由がある。
 『ピアノを弾いてる姿を見られたくないから』
 だ、そうだ。
 だから、猿野は弾きたくなった時には必ず見張りを連れていく。
 まあ、最近その見張り役は俺だけなんだけどさ。
 猿野の生み出す音は、綺麗だ。
 綺麗なだけじゃなくて、力強くて、でもどこか儚げで。
 まるで猿野そのもの。
 彼の音は、俺のサングラス越しの世界にもハッキリ見えるほど強烈だ。
 ダークブルーに染め上げられた世界に、鮮明な色が浮かんで行く。
 そんな、感覚。

「司馬、リクエストは?」
 弾きながら、猿野が何でもないことにように聞いてきた。
 俺は少し考えて、それから笑って、曲名を告げた。
「了解〜。司馬って俺好みの選曲してくれるから好きよ?」
 冗談とも本気ともとれる口調で言って、猿野はにやりと笑った。
 ああほら、やっぱりだ。
 彼は、世界に色を与える。
 その指先が生み出す音が、唇から洩れる声が、屈託なく笑う顔が、俺の世界に色彩を散らしていく。
 俺はきっとこれからも、彼を綺麗だと思いつづけるんだろうなと。

 ふとそんなことを思った、穏やかな昼下がり。




◆言い訳◆
なんとなく書いてみた短い話。
うちの猿はピアノ得意という設定はもう決定稿で行くことになったようですな。
この話、実は加筆修正かなり考えて中途半端っぽい書き方してあったり。
いや〜卑怯者っすな(分かってるならやるな)