.
日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2002/06/15(土) |
[SS・ミスフル]カテキョの条件。(牛猿) |
部活にかまけてて微妙に成績の下がった俺に家庭教師を呼んだから、といっそ清々しいほどの笑顔で母親が言ってくれたのはつい三十分前のことだった。 当然のことながら抗議した俺の言葉になど聞く耳持たず、同じ爽やかな笑顔で母親は更なる爆弾を投下してくれた。 「先生が来る日、今日だからv」 ……ご丁寧に、ハートのマーク付きで。 カテキョの条件。 「あ〜ユウウツだー」 机の上に上半身を投げ出しながら、天国は呟く。 逃げ出したい気分だ。 というか、逃げ出さずにここに座っている自分を褒めてやりたい。 ……つーかここで逃げたらどんな仕打ちが待ってるか…それなら今日一日ぐらいはマジメにやって、次から断った方がリスク少ねーしな、うん。 内心で自分に言い聞かせるように呟いて、けれどやはり重苦しい気分は晴れるものではない。 「あーもーホンット…憂鬱だ〜…」 「憂鬱って字、漢字で書いてごらん」 溜め息を吐きながら机に突っ伏したまま頭を抱えた天国は。そのままの体勢で固まってしまうことになる。 いつの間にか自分の部屋に居た侵入者…もとい家庭教師に驚いて。 何よりその声…涼やかで張りがあって、よく響きそうな声色に。 体中の全細胞が機能停止したような、そんな気分を味わってしまった。 「寝てるフリはダメだよ。起きてることはちゃんと分かってるんだから」 「寝てるフリじゃなくて驚いて固まってるんですっ!!」 見当外れもいい所な言葉に、天国はガバッと身を起こして声の方を振り返った。椅子から立ちあがるオプション付きで。 「ああ、そうなのかい? 一体何にそんなに驚いたんだい?」 「アンタ…じゃねえ、牛尾キャプテンがココにいるからじゃないですか!」 びしぃ! とばかりに指を付きつけつつ、天国は言う。 けれど言われた牛尾は天国の大音量とも言うべき声にたじろぐこともなく。 「猿野君、人を指差してはいけないよ。教わらなかったのかな?」 牛尾はにっこり笑いながら天国の手に触れ、そっと下ろさせた。 出鼻をくじかれる形になった天国は、とりあえず落ち着こう、と大きく息をする。 そうこうしているうちに、牛尾はすっかり天国に勉強を教える態勢を整えてしまっていたりして。 「さ、座って。もう第一問は出したよね?」 「……ユウウツという漢字を書く」 「ちゃんと覚えてるじゃないか。じゃぁ、書けるかな?」 ……まるっきり子供を相手にする口調だな、オイ。 問題の内容はまだしも、俺は小学生かっつーの。 内心で不満を零しながら、天国は素直に座った。 あの一癖も二癖も在る野球部をまとめている主将なのだ、天国がどう逆立ちしたって簡単に刃向かうことなど出来よう筈もない。 とりあえず問題解きつつ、聞きたいこと聞くのが一番安全策だろな。どうせ今回だけで断るつもりだし……ぶ、トリアエズって俺、犬ッコロのが伝染ってるじゃんかよ。 考えながらもシャーペンを動かしていた天国は、ノートを無造作に牛尾の方へと押しやった。 「ああ、よくできたね。じゃ、君の質問にも答えようか」 「…っ!」 「でも、一つだけだよ。一つの問題につき、質問も一つ。じゃなきゃフィフティ・フィフティじゃないだろう?」 口を開こうとした天国の唇の前に人差し指を立てつつ、牛尾はまたもにっこり笑った。 この笑みを向けられれば大概の女は落ちるんだろうな、などと思わず関係ないことを考えてしまうような、キレイな笑顔。 そんなことを考えて、天国は逸れかけた思考に思わずふるふると首を振った。 違う! 違うだろ俺! なんでキャプテンの笑顔に俺が惑わされかけてんだよ! 「猿野君?」 「あ! え、えーっと、じゃあ、質問します」 「どうぞ」 「なんでキャプテンがウチに来てるんですか?」 「家庭教師をする為だよ。聞いてなかったのかい?」 さらりと答えられて、けれどそれが自分の求めてる答えじゃないことに天国はくらりと眩暈がしたような気がした。 思わず額を押さえた天国に、牛尾はくすりと笑い。 「冗談だよ。君が聞きたいのは、どうしてその家庭教師に僕が派遣されて来たのかってことだろう?」 「は、ハイっ! そうです、その通りですっ!」 こくこくこく、と頷く天国に牛尾はそんなに頭振ると痛くなるよ、と釘をさしてから、 「実はね、僕の家は料亭をやっているんだよ」 「は?」 「いいから、最後まで聞く」 「……はあ」 何を言い出すんだろう、この人は。 思わず思ったことが顔に出てしまった(ついでに言葉にも)天国に、牛尾は子供を諭すように天国の頭をくしゃりと撫でた。 まぁ実際この人は俺のことを多分に子供扱いしてるんだろうけどな。…つうか、ニ年先に生まれただけじゃん。なんでこんなに違うのかなー…… 「猿野君? 聞いてるかい?」 「うはっ、は、はいぃっ!」 天国は考え事をしてそれに没頭しだすと目が泳いだり、虚ろになったりする。 牛尾はそれをしっかり見抜いているらしく、天国の目の前でひらひらと手を振ってみせた。それに我に返った天国はびくりと体を震わせる。 「それでね、君のお母さんはうちの店の常連なんだよ」 「うえっ」 寝耳に水、とはこういうことを言うのだろう。天国は牛尾の言葉に何と返せばいいものやら思いつかずに、固まってしまう。 天国の母親はバリバリのキャリアウーマンだったりする。 物心付いた時からそうだったし、一人の時は時折寂しくなったりもしたが、それでもそれ以上に天国は母親の働く姿を見るのが好きだった。働いている時の彼女は、なんだか生き生きしてるから。 忙しいながらも彼女がちゃんと自分を思ってくれているのは充分伝わってきたから、天国は母親が働くことを止めたり攻めたりしなかった。 母親も母親でどちらかというとさっぱりした性格だったから、仕事は仕事、家庭は家庭できっちり割り切って天国に接してくれて。 そんなワケで、天国は自分の母親の仕事には全く介入していない。できない、というのも事実だが意図的に思考から切り離してあるのだ。 個人には個人の領域というものがあるだろう、というのが天国の思う所だったりするわけで。 まあそんなこんなで天国は母親の仕事関係については知らない。 しかし。よもや。まさか。 自分の与り知らない所で牛尾キャプテンと母親が知り合いになっていただ、なんて誰が想像できるだろう。 まあ正確には知り合いというか、母親が常連客でそれを通して知り合った、が事のあらましなのだろうが。 ……ってーことは牛尾キャプテンの親と母さんが仲いいってことか〜?! 「うん、そういうことだね」 「へっ?!」 なんで俺の心の呟きまで分かってるんだこの人! ESPか?! 「猿野君、全部口に出てるよ?」 「あっ……」 指摘されて天国はぱっと自分の口を押さえた。 直そう直そう、と思っているのだがどうにも直らない。 直球勝負の得意な天国は、些か単純すぎるという弱点もあって。 「猿野君はイイ子だねえ」 「……バカにしてるようにしか聞こえないんですけど」 「それは被害妄想だよ。僕は褒めたんだから」 「そーですか……」 ジト目で睨んでも効果なし。 暖簾に腕押し、柳に風。 牛尾という人間を相手にしているとどうにもそういう単語が浮かんできてしまう。 「で、その常連のツテとやらで知り合ったうちの母親がキャプテンのご両親にその話をした所、うちの息子を派遣しましょうか〜って話になったと。そういうことでよろしいでしょうか?」 「説明的だね、猿野君」 苦笑する牛尾に構わず天国はまくし立てる。 「でも、少し違うかな」 「違う……?」 「うん。僕は猿野君のお母さんとは顔見知りだしね」 「マジっすか……」 「時々手伝ってるから、店の方」 頭痛くなってきた…… ダイレクトに知り合いなんかい。直でかい。 ――あら御門君、最近うちの子どう? 慣れない部活で足引っ張ったりしてない? ――大丈夫ですよ、彼は彼なりに頑張ってくれてますし。これからどんな選手に育ってくれるか、今から楽しみです。 ――お世辞でもそう言われると嬉しいわーv ああでも、一つ心配なことがあるのよ…… ――猿野君のことですか? 僕でよければお聞きしますけど…… ――本当? そうね、御門君なら安心よね。聞いてもらっちゃおうかしら。 なーんて会話がなされたに違いないんだっ!! 「そうだね、そんな所かな」 「…………あっ」 「ふふ、猿野君はかわいいなぁ。なんだか弟ができたみたいで新鮮だよ」 なでなで、と頭を撫でられて天国は絶句するしかなくなる。 どうしてこうこの人は毒気を抜くのが上手いかな…… 頭を抱えたくなるのを我慢しつつ、天国は重苦しい溜め息を吐いた。 そんな天国に笑みを向け、牛尾は家で作ってきたらしいプリントを差し出してきた。 天国はそれが何かを確認もせずに思わず受け取ってしまう。 一つのことを考え出すと他に気が回らなくなることが仇となった(ちなみにこれも天国が直さなければと悩んでいることの一つだったりする)。 「じゃ、今日は猿野君がどれくらいできるのか知りたいから、それ解いてね」 「は……あああああっ?!」 受け取ったそれはおそらく牛尾自作であろう簡易テストのようなものだった。 「猿野君、思ったより出来が良さそうだから。僕も助かるよ」 にっこり、有無など言わさぬ笑顔。 爽やかかつ人好きのしそうな笑みだ。けれどそれにとてつもない威圧感を感じるのは気のせいだろうか。 ぞわり、と背筋に走る冷たいものに気付いた天国は、項垂れるように頷いた。 あの野球部を纏め上げている人物なのだ、ただの優しいお兄さん、な筈がなかった。 今更ながら自分の思考の甘さを理解し、けれど天国は内心で誓いを立てた。 絶対…絶っ対、成績上げて解放してもらう。 俺の憩いの場=自室でくつろぐ時間を侵食されてたまるかっ!! 与えられたプリントの問題をすらすら解きつつ、天国は固く拳を握ったのだった。 そんな天国が母親に『御門君てカッコイイでしょー♪ なんだか息子が増えたみたいで嬉しいのよ、これからしっかり教わるのよ、天国』などとミーハーなんだか母親らしいんだかよく分からないことを言われ、断ることができないのだと暗に釘を刺されるのは……牛尾在籍中の夕食時のことだった。 ◆言い訳◆ うっわ長すぎ! 前後編に分けなかったこと大後悔中でございます。 4500文字超えております。400字詰め原稿用紙10枚以上っす…ι しかも長さの割にふっつーの話だしな! オチがよく分からんしな! まぁ別に牛猿意識して書き始めたんじゃないし…いっか(オイ) ミスフルは馬猿推奨猿総受けなんで(笑) そーいやルフィといい天国といい猿づいてんなぁ、最近。 |