この残酷な現実を キミと一緒に生きよう 誰かの泣き叫ぶ声。助けを呼ぶ声。 悲鳴を上げて逃げまどう人々。 一体、何処に逃げればいいと言うのか。 安全な場所など、何処にもないのだけれど。 ただ闇雲に走る彼らを、滑稽だと笑うことなど出来やしない。 鼓膜が破られるかと思うほどの激しい爆撃音。 爆風で吹き飛ばされる人々。 ある者は瓦礫へと飛ばされ潰れた。ある者は爆破の衝撃に堪えきれずに粉々になった。ある者は運良く飛ばされただけで済んだ。 空から落ちてくるその鉄の固まりによって地面は穴だらけ。 綺麗に建ち並んだ家々も、すでに瓦礫の山。 辺りは一面、火の海で。 必死の形相で逃げまどう人々は自分の周りに構う余裕もなく。 崩れかかった家屋の下で助けを求める子供すら見捨てて。 次の瞬間、音を立てて崩壊したそこからはもう何も聞こえはしない。 人の形を留めたモノと、そうでなくなってしまった肉片が、まるで子供が玩具を片づけ忘れてしまったかのように、至る所に散らばって。 吐き気を催す、火薬と『ナニカ』の燃える臭い。 ここには、見るも無惨な、地獄絵図。 俺は地獄のようなその景色の中を走った。 それは逃げるためではなく。 大切な人と、もう一度会うために。 この惨劇の中で、最初に思ったことは 「会いたい」 それだけだった。 死んでいく最後の瞬間には大切な人と一緒にいたい、なんて。 きっと誰でも思うこと。 だけど、こんなに早くその時が来るなんて思ってもみなかった。 わかってたら最初からお前と一緒にいたのにな。 昨日のことを思い出すと、何故だか凄く遠い昔のような気になる。 いつもと変わらない日常。 朝起きて、顔を洗って、飯食って、歯を磨いて、制服に着替えて。 朝練に出て、牛尾キャプと監督に扱かれて、野球部の連中と笑って。 勉強もしないで熟睡して、教師に怒られて、鬼ダチにからかわれて、みんなで昼飯食って、放課後にはまた部活に出て。 マックに行こうって言うみんなの誘いを断ってアイツとの待ち合わせの公園に急いで。 待ちくたびれたように軽く俺を睨んで「遅ぇ」て一言、膨らませたガムを割って言うお前に、「悪ぃ」て謝って。 コンビニで弁当買ってお前ん家に行って、遅くまで二人きりで。 「泊まってけよ」て言ったお前に「明日も学校だから」って。 「どうせまた明日、こうして会うんだから」って。 そう言って俺は帰って。 いつもと変わらない日常。 なんの変化もない一日の終わり。 一晩開けて、想像もしてなかったこの惨劇に、お前の言う通り泊まっておけば良かったな、なんて暢気に思った俺は、どこかで現実を直視出来ないでいたのかな? なあ。 お前はまだ無事でいるのか? 「芭唐…っ」 闇雲に逃げ惑う人々が邪魔で、なかなか思うようには進めないことに舌打ちしたくなる。 自分勝手だとわかっているけど。 爆撃で抉れた地面に注意しないといけないから、走っていると言っても実際にはたいした速さは出せない。 転んでしまえば最後。 他人に構う余裕のない人々に踏まれて、簡単に命を落とすだろうから。 注意深く、けれど気持ちだけは先走って。 お前の元に向かう俺を、親父とお袋は笑って許してくれた。 最初の爆撃があった時、親父は丁度玄関で靴を履いている時で。 お袋は親父を見送りにその側にいた。 ドォオオンッッ!! そんなかんじの音と、大きな地震みたいな激しい振動に吃驚して、慌てて外に飛び出した俺達の目に映ったのは。 真っ黒な煙と真っ赤な火柱。 青い空を黒く染めるみたいにたくさんの飛行機。 それが爆撃機だと気付いたのは、空からポロポロと振ってきた多量のモノが、みるみるうちに建物を爆破していってから。 取り乱したお袋の肩を抱いて、親父が「逃げるぞ」って叫んだけど、その後ろを走り出そうとした瞬間に俺の頭に浮かんだのはお前だったよ、芭唐 このまま親父達と一緒に逃げても、助かるとは限らないし。 もしも今ここで死んでしまうとして、親父にはお袋、お袋には親父っていう大切な人が一緒にいるけど。 それなら俺の横に芭唐がいないのはおかしいだろ? 親父達のことも当然大切だけど、アイツのとは意味が違うんだから。 そう思ったら、親父達の後を追いかける気がしなくなって、 「俺は一緒に行けない。親父達は好きなところに逃げろよ。俺もアイツと一緒に好きなところに逃げるから」 何のためらいもなく言葉が出てきた。 一緒に逃げようって言いたかったのだろうけど、それでも「わかった、行きなさい」って言ってくれた親父とお袋に。 俺の気持ちをわかってくれたことに感謝して。 「生きなさい。絶対に死んじゃ駄目よ」 「必ず、またお前の顔を見せなさい。お前の大切な人と一緒に、必ず」 お互いに抱き締め合い、涙を流しながらも俺を送り出した二人に、笑って約束した。 「親父もお袋も。生きろよっ!」 背を向けて、芭唐に会うために走り出した俺は、もう振り向くことはない。 背後で爆撃音が聞こえたけれど。 なあ。 もう一度お前に会うまでは死にたくないんだ。 「芭唐っ!」 背後の爆撃音に、それが俺を追いかけてくるような錯覚を覚えながら、俺はお前のことだけを考えて走った。 お前のことだけ考えてれば、この恐怖も少しは消えてくれるから。 早く会いたい。 こんなところで、一人で死んだり何かしたら、絶対に浮かばれないって。 お前に会いたいよ、芭唐。 壊された建物で出来た瓦礫の山は、ここが一体何処なのかもわからなくしてしまって。 俺はちゃんとお前のいる場所に近づいているのかな? 少し不安になってくる。 だけど、通い慣れたその道を思い出して。ほんの僅かに残った道のようなモノと、建物の残骸に残った目印と。 あとはほとんど勘のようなモノだったけど。 練習の後にいつもお前と待ち合わせていた、この公園へ、時間は掛かったけどようやく辿り着けた。 お前の家と、俺の家との、丁度中間くらいにあるこの公園が、いつもの俺達の待ち合わせ場所。 当然だけど電話も通じないから、この惨劇の中、この公園で会おうなんて約束はしてないけど、絶対にお前は来てると思ったんだ。 最後の時は大切な人と一緒にいたい、てお前も思っているなら、きっとここで俺のことを待っているって思ったんだ。 「芭唐っ!!」 公園は、いつもの見慣れた姿をしていた。 これだけ周りの建物が崩れてしまっているのに、何故だか公園だけはいつもと何の変わりもなくて。 単に偶然だったんだろうけど、たとえば、『バリア』とか『結界』だとかが在るんだとしたら、それらで護られていたんじゃないかな、て思わせる程に。 それとも、爆撃機の操縦士さん。 俺が此処に辿り着くまで、待っていてくれたの? なーんて。 馬鹿なこと考えてるな、俺。けっこう余裕ある? 息を整えながら視線を巡らせて、芭唐の姿を探した。 いや。探すまでもなく、俺の視線は一直線に公園の真ん中へ。 「遅ぇぞ」 いつもと同じ場所。 ジャングルジムに背を凭れ、膨らませたガムをパチンと割って、芭唐が俺を見ていた。 視線が合うと芭唐特有の口端を持ち上げた、ニヤリて笑みを浮かべる。 無傷の公園と芭唐のその姿に、一瞬なんでもないいつもの日常と重なって見えた。 まるで、周りの惨劇の方が夢だったみたいに。 ああ。 こんな時でもいつもと変わらないんだな、お前。 なんだかお前の『普通』におかしくなって、ようやく会えたことが嬉しくて、笑いが込み上げてきた。 「芭唐っ。お前、冷静過ぎっ!なんでいつもと変わんない顔して笑ってんだよーっ」 「そりゃお前の方っしょ。俺は十分慌ててるって」 笑いながら言ったら、笑いながら返された。 こんな時に笑ってるなんて、俺達って結構余裕があるんじゃねぇ? それとも、頭が可笑しくなっちゃってるのかな? まあ、どっちでもいいけどな。 俺にとっては、今俺の横にお前がいること、これだけが重要。 「あー、ようやく会えた」 「あんまり遅いから、もう死んじまったのかな?とか、俺のこと忘れてんのかな?とか、いろいろ考えちまったっしょ」 「不安になった?」 「なったなった。すっげぇ泣きそうだった」 「ははっ!芭唐の泣くとこ見てぇっ!!」 吹き出したら、こつんっと頭を小突かれた。 それからぎゅっと抱き締められて、額を合わせて「くくっ」て笑われた。 「あー、でもほんと、無事でよかったぜ」 「芭唐に会うまでは死なねぇって。死ぬ時は芭唐の横で、ってな」 そう言ったら、途端に嫌そうな顔をされてしまった。 なんでそんな顔するわけ? 「俺の横で死ぬって…お前、俺にお前の死体の処理させる気なのかよ?」 「はぁ?」 意味がわからずに怪訝な顔して見上げたら、芭唐は心底嫌そうに顔を歪めていた。 「愛する俺様の身体を処理できて嬉しかろう。っていうか、一緒に死んでくれねぇのかよ、お前は?」 「なんで俺が死ぬんだよ?」 逆に不思議そうに聞き返されて、言葉に詰まる。 なんだよ? 俺と一緒って嫌なのかよ? うわ〜、薄情なヤツだなあ。 恋人の身体を埋葬してやろう、とか全然思ってねぇよ、こいつ。 俺の後追って死ね、なんて言うつもりは無いけどさあ。 この場合、言葉だけでも「俺も一緒に死んでやる」とか言えねぇのかねぇ、まったく。 なんて冷たいっ! 「俺、死にたくねぇもん。わけわかんねぇうちに上の奴らが勝手に始めやがった戦争なんかで、なんで俺が死ぬんだよ?俺はこれから野球でメジャー行って、活躍しまくって、目一杯金稼いで、人生楽しむんだっつーの。だから俺は絶対死なねぇ」 「なんだよ。俺がここで死んでもお前は人生楽しむってか?」 「当たり前っしょ。お前が死んだら、この先の人生で横に別の誰かが一緒にいるだけのこった」 「ひっでぇーっ!!うう…っ、お前がそんなに薄情なヤツだったなんて…」 うっうっ、と泣き真似をすれば、芭唐は楽しそうに笑って俺の顎を指先で持ち上げた。 キス出来るんじゃないかってくらい顔を近づけて、にやりと。 「けど生きてる限りは、天国一筋っしょ?」 だから〜。 芭唐の横に俺以外のヤツを立たせたくないなら生きろ、てこと? 「あと何年かしたら同性同士でも結婚できるようになるだろうしさ。技術の発展とかで絶対、男でも子供産めるようになるっしょ?そしたら俺とお前とで可愛い子供作ってさ。男の子と女の子両方欲しいな。俺が野球で稼ぐから、お前はいい奥さんにでもなってろよ。子供が大きくなったら、俺達がガキだった頃にどっかの馬鹿が戦争なんてもん始めやがったけど俺達がその馬鹿共の頭殴って戦争終わらせてやったんだ、とか話して聞かせたりな。ほら。なあ?まだまだこれからの人生、先は長いっしょ?」 楽しそうに話す芭唐の目がキラキラと子供みたいに輝いて見えた。 なんだか、普段の芭唐からは今の話とかがあまりに不似合いな感じがして、笑いながら、涙が出そうになる。 「芭唐…お前ってそんなキャラか?子供欲しいとか、言うようなヤツに見えねぇ〜っ!」 「そりゃあ、ただのガキなら欲しくねぇよ。お前と俺の子供だから欲しいって言ってるんっしょ」 お前のことそれくらい愛してんだぜ、て真顔で言われてしまった。 ああ、もう。 なんでふざけた態度から一変するんだ? 不意に真顔でそんなこと言われたら、ドキドキすんじゃん。 お前のこういうとこが、嫌になるくらい―――好きなんだよっ!! 「ちくしょーっ。俺、お前のこと大好きだーっ!!」 「今更なこと言うなっての」 くつくつと笑われて、顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。 「天国、愛してんぜ。お前も死ぬ気なくなるくらい、これからの人生が楽しく思えるっしょ?」 「これから先の人生かぁ」 芭唐の言葉で、俺の未来を想像してしまう。 「ああ。幸せだろうなぁ」 可愛い子供が2人と芭唐の、4人で過ごす幸せな未来。 あり得ないことかもしれないけど、絶対とは言い切れないその未来。 想像した途端に 「生きたい」と。 そう思った。 惨劇を目の当たりにして、それまで麻痺していた心が正常に動き出したかんじ。 こんなに酷い惨劇の中で、生き残れるなんてきっと凄く難しいことだから。 きっと俺は死んでしまうんだろう、と。 漠然と死を覚悟して。 無意識にそう思って、だからこそ俺の心は死ぬことに対して麻痺してしまったんだ。 だって。 怖いだろ? 死ぬのって、怖い。 一瞬で逝こうが、じわじわと逝こうが、やっぱり想像するだけで『死』は怖いモノだから。 そんな恐怖をずっと味わっているのが嫌だから、心を麻痺させていた。 死ぬ事に対して、どうでもいい、なるようになる、と。 けど、芭唐が俺に幸せな未来を提示するから。 俺は絶対に死なない、て言うから。 俺も生きたい、そう思った途端に、麻痺していた心が正常になってしまった。 忘れていた、死ぬ事への恐怖が蘇る。 芭唐の服をぎゅって握りしめて、震える声を隠すことも出来ずに。 「芭唐ぁ、俺も…死にたくねえよぉ」 「死ぬなよ。生きろよ」 芭唐の腕に力が込められて、俺を強く抱き締めてくれる。 死ぬのが怖い。 芭唐が横にいたって、その瞬間が二人一緒だとしても、死ぬのはやっぱり怖いよ。 だから。 「生きたい」 「生きろ」 「生きていたいよ」 「生きるんだろ」 零れた涙が芭唐の胸にシミを作ってしまったけど、俺の肩にも芭唐の作った同じシミがあるからおあいこと言うことで。 暫くして、二人顔を上げた時にはもう涙は消えていた。 「二人で、生きていこう」 「うん」 笑って、キスして。 舌を絡ませる濃厚なのまでしちゃったから、なんだか身体が疼いてしまって。 状況を考えろよなー、て言って、また笑った。 死にたくないと思った。 生きたいと思った。 二人で生きていこうと思った。 だから これから先に見える未来に、俺達は手を伸ばす。 けれど、俺達の頭上には黒い鋼鉄の死の使い。 降り注ぐ大きく冷たい鉛の固まりと鼓膜を破る爆撃音―――。 end |
【神成様コメント】 7777Hit!金沢 春菜さまからのリクエストで、 「幸せながらも切ない雰囲気の芭猿」でした。 切な―――くねぇっ!! 幸せでもねぇしっ!! 全っ然リクエスト通りじゃないっすよ、これ! あれ〜?おかしいなぁ(^^;) 切ないって何っすかね?(笑) なんだかちっとも贈り物らしくないブツになってしまいましたが、 どうぞ、お納め下さいm(_ _)m '03.10.29 |
【金沢コメント】 ぃいやっほーい♪ 貰っちゃった貰っちゃった★ な芭猿小説でございます。 勇気出して申告して良かったっす〜!! ああもう幸せ…幸せすぎてこのまま昇天するんちゃうやろか自分。 てなぐらい幸せです。 リク内容も抽象的ってか曖昧だったのに… それをこないな素敵小説で頂けるなんて果報者です… 幸せだなぁ…(トリップ中) は、どうもすいません。 神成様、素敵小説ありがとうございました★ また狙いまっす!(ぉぃ) UPDATE/2003.11.12 |
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